それは麻薬のような愛だった
「いっちゃんは高校、どこ受けるの?」
本当ならこんな子供っぽい呼び方はやめて名字かきちんと名前で呼ぶべきなのだろうが、この呼び名だけがギリギリ伊澄との関係を繋げているもののように感じて変えたくなかった。
本人からも特にやめろとは言われないので、二人だけの時はこう呼ばせてもらっている。
「A高」
伊澄は振り返る事なく答えた。
A高といえば、県内でも有数の進学校だ。
そんな高校が家から通える距離にあれば、常に成績トップの伊澄が行かないわけがない。
「やっぱりそうだよね。実は私もそこ目指してるんだけど、ちょっと数学で躓いちゃってて」
伊澄ほどではないが、雫も学年で五番目に入る程の成績を入学時から維持し続けている。
それに伊澄の志望校がせっかく手の届く範囲にあるのなら、頑張りたかった。
「夏休みの宿題も応用問題が解けなくて進まなくて。いっちゃんは数学も得意だったよね。いいなぁ、教えてもらいたいくらいだよ」
冗談混じりで笑いながら言う。
そうしないと恥ずかしかった。
きっと「そんなもん自分でやれ」とでも言われて突き放されるだろうと思ったから。
けれど予想に反して、前を歩いていた伊澄の足が急に止まり後ろを振り向いた。
「…どこだよ」
片手に既に食べ終えたアイスの棒を持って、感情の読めない表情で伊澄が言った。
一瞬信じられなくて固まった雫だったが、ハッと我に返り「えっとね、」と慌ててバッグの中に手を入れて探りだす。
「アホか。こんな炎天下で見るっつってねーだろ。熱中症になるわ」
「え、でも…」
じゃあ何処で、と聞く前に伊澄が言葉を発した。
「うち来いよ」