それは麻薬のような愛だった
お邪魔します、と遠慮がちに伊澄の家の玄関に入る。
家に入るのは初めてでないのに、酷く緊張した。
「飲むもん持ってくから、先部屋行っとけ」
「分かった。…あれ、おばさんは?」
「仕事」
伊澄の返事に更に緊張が増した。
彼の母が不在という事は、伊澄はひとりっ子なので家の中は自分達二人。
あの快活で明るい伊澄の母が迎えてくれると信じて疑わなかったので、思わず足がすくんだ。
対照的に伊澄は特に気にした様子もなくサンダルを脱いで家の中を進んでいく。
それを見送って、雫は自分の認識を改めた。
そうだ、ただ勉強を教わりに来ただけ。
伊澄にとって自分はモブであり女ですらないのだから。
自分で言って悲しくなったが、例えそうであってもこんな機会は二度とないだろうと気持ちを切り替え、ローファーを脱いで玄関に揃えてから二階にある伊澄の部屋へ向かった。
最後にこの部屋に来たのはいつだったか、小学生の頃何人かで遊びに来た以来で記憶の中の部屋とは少し雰囲気が変わっていた。
落ち着いたというか、元々そんなに物を置かないタイプではあったが更にシンプルになって洗練された部屋になっていた。
雫は自分の自室を思い浮かべる。
あまり整理整頓が得意でない自分の部屋は服やら趣味の物やらで溢れかえっており、良く言えば子供っぽく、悪く言えば乱雑な部屋だな…と。