それは麻薬のような愛だった



ーー別れてから大事だった事に気付かれても


その言葉が妙に頭に残る。

半年前の自分だったら恐らく何食わぬ顔であの場に残れただろう。
だがその台詞が不自然なほど響いて聞こえたのは、思い当たる節があるから。


咄嗟に頭を過った一人の女の顔。

以前には確かにあったはずの、自分を見つめる時に感じていた瞳の奥の熱が消えた事に気付いたのは、その瞬間だった。


これまでに感じた事のない、胸の辺りに突き刺さるような痛みが走る。


あり得ないと思った。
その女に抱いていた感情など精々幼い頃から存在を知っている昔馴染くらいの感覚で、それ以上の感情など抱いた事はない。

それならばあの言いようのない喪失感は、高々名前を呼ばれた程度で込み上げてきた満足感は何だというのか。


ただの勘違いだ、そうは思うのに無性に声が聞きたくて堪らなくなった。


スマホを取り出してその名前を見つけるや否や、考える間も無く通話ボタンを押した。


ーー出るな。


コール音を聞きながら何度もそう思った。
今声を聞いてしまえば後には戻れない。その確信があった。


いつまでも続くコール音の後、もういい加減切ろうとしたその時だった。




『ーーはい』


心地のいい、柔らかな甘い声が耳を撫でた。






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