それは麻薬のような愛だった
事務員として働く私は業務の都合上時折別の部署に用事がありそちらへ赴いたりするのだが、今日も経理部へ書類を届けて自分のデスクへ戻ろうとエレベーターに乗り込もうとした時、先に乗っていた人物と目があった。
その男ーー天城伊澄はこちらを一瞥すると中央から少し左へ身を寄せた。
「天城さん、お疲れ様です」
「おー」
素っ気ない返事だが、これが天城の通常運転である。
彼とは同じ部署なので新たにボタンを押すことなく少し間を開けて隣へ立った。
するとふと目の端に、資料を持つ彼の左手の薬指に光る指輪が見えた。
「天城さんって、愛妻家ですよね」
脈略もなく話しかければ、案の定はあ?と怪訝な返事が返ってきた。
これでも一応此処に勤めて五年になるので、無視はされない程度の関係性は築けているようだ。
「少し小耳に挟みまして。新しく入った受付の子と一悶着あったって」
「あーまあ…」
この職場に長く勤める女性社員ならば、彼がどれほどの美貌をもってアプローチをかけても欠片も相手にされない事は周知の事実なのであからさまにモーションをかけはしないが、それが新人となると話は別だ。