私のことは忘れてください、国王陛下!~内緒で子供を生んだら、一途な父親に息子ごと溺愛されているようです!?~【極上シンデレラシリーズ】

■プロローグ■

 朝日が差し込み始めた部屋の中。
 破(は)瓜(か)の血が染まったシーツに触れながら、私は拳を天高く突き上げた。
「……やった……! これで私は自由よ!」
 その声に、隣で寝ていた銀髪の男性――ウィルがもぞりと動く。
「ん……」
 しまった。
 いくらウィルが朝に弱いとはいえ、こんな大きな声を出したら目が覚めてしまう! 彼が起きる前に逃げなきゃいけないのに!
 私は大急ぎで床に脱ぎ散らされた服をかき集めた。
 そして、体のあちこちに赤い花が咲いているのに気づいて頬が赤くなる。
 ――そう。昨夜、私はウィルに「どうか私に一晩のお情けをください!」と頼み込んで、願いを叶えてもらったのだ。
 その一晩は想像以上にすごくて、その激しさを物語るように今も下腹部のあたりが重だるい。……なんてついつい思い出してしまって、顔が赤くなる。
 い、今はそんなことを考えている場合ではないわ!
 そもそも、彼に一晩の情けをもらったのもすべて計画のためだし……! 急がなくちゃ!
 まだ寝ているウィルを見ると、彼はまだ夢の中にいるようだった。
 月の光を集めたような銀髪が、寝乱れてくしゃくしゃになっている。
 その顔は人間のものとは思えないほど整っていて、すらりと通った鼻筋に、ほどよい薄さの唇は彫刻のよう。今はまぶたの下に隠されているけれど、長いまつげに彩られた大きな瞳もハッとするほど美しい。特に、一見すると青なのに、光に照らされると七色に光る瞳は飽きずに一生見ていられるほどだ。
 それでいてまだ少年っぽいあどけなさも残っていて、「リディア」と名前を呼びながら微(ほほ)笑(え)む彼の笑顔を思い出して、私の胸がとくんと鼓動を打った。
 ……ちなみにリディアっていうのは私の偽名ね。本名は「リア」なんだけれど、訳あってみんなの前では「リディア」で通しているの。
 でも、この美しい男性に見(み)惚(と)れている場合じゃない。
 目的も達成したことだし、彼が起きる前にさっさと出ていかなければ!
 私は静かに、それでいて素早く服を着ると、机の上に置きっぱなしになっていた目元だけを隠す仮面を手に取った。
 普段、私はこの仮面をつけてウィルに会っている。さすがに昨夜は仮面を取ったけど、蝋(ろう)燭(そく)のひとつも灯(とも)らない暗闇の中だったし、恐らく今でも私の顔を知らないだろう。
 ……でも、それでいい。
 彼が私の正体を知ったところで、どうにもならないもの。
 昨日彼が何度も囁(ささや)いた「愛している」という言葉を思い出して心がズキリと痛んだけれど、私はそれを振り払うようにぎゅっと唇を結んだ。
「……ウィル、ごめんね。そして本当にありがとう。あなたのことは一生忘れない」
 それから、まだ寝ている彼のこめかみに静かに口づけを落とす。
 最後だもの。これくらいなら許されるよね……?
 立ち上がると、私はそっと部屋から出ていった。

 ――なぜ私がこんなことをしたのかというと、話は数か月前にさかのぼる。
< 1 / 6 >

この作品をシェア

pagetop