私のことは忘れてください、国王陛下!~内緒で子供を生んだら、一途な父親に息子ごと溺愛されているようです!?~【極上シンデレラシリーズ】


 ――彼らは私にだけ見える精霊だ。
 確かに私はカトリーヌお姉さまの言う通り〝無魔法〟なのだけれど、その代わりこの可愛い精霊たちと会話ができるのだ。
 もちろん、このことはお継母さまやお姉さま、それにお父さまには内緒だった。
 そもそも、お姉さまたちには精霊が見えていないようだったし。
『リア! オハヨー!』
 ほわわん、と白い子の声が頭の中に響いてくる。
『キョウハ、ナニスル?』
『マタ、カミ、イロカエル?』
 ほわわん、と今度は水色の子とピンクの子が言った。
「うん。お願いしてもいい?」
『『『マカセテ!』』』
 次の瞬間、ぽわわん、という音とともに、私のピンクブロンドは亜麻色に変わった。
 まずは第一段階完了ね。
「ありがとう」
 私が精霊たちのふわふわほっぺにキスをすると、精霊たちがふるるんっと揺れた。なぜか、対価としてこれが一番喜ばれるのだ。
 それからローブについていたフードを頭にすっぽりとかぶせる。
 仕上げにごそごそと鞄から取り出したのは、木製の仮面だ。
 それは貴族たちが仮面舞踏会でよくつける、目元が隠れる仮面。
 といっても私が持っているのは華美なものではなく、木を黒く塗っただけの簡単なものだけれど。
 私はそれをつけると、男爵領にある森に向かってまっすぐ進んでいった。



「おばあちゃんこんにちは! 今日は何をお手伝いすればいい?」
 男爵領の森の奥深く。
 狩人以外はまず足を踏み入れないであろう奥地に、その家はあった。
 家といっても、本当に屋根と必要最低限の設備がついた素朴な小屋だ。
 そこには、私の師匠であるアデーレおばあちゃんが住んでいた。
「まったくあんたも懲りないねぇ。毎日毎日こんな辺(へん)鄙(ぴ)なところまで来て、一体何が楽しいんだい?」
 私をぎろりと鋭い目で睨(にら)みながら、おばあちゃんが不機嫌丸出しで言う。

 ――私たちの出会いは、私が十歳の時だった。

 当時の私はお継母さまとお姉さまのいびりにまだ慣れていなくて、よく森の中で泣いていたの。
 その日は、亡きお母さまの形見を壊された日だった。とにかく悲しくて、泣いても泣いても涙が止まらなくて、気が付けばいつもより森の奥深くに入ってきてしまっていた。
 こんなに森の奥深くに来たら、もう帰れないかも。
 でも、帰れなくてもいいかも……。
 そう思った時に、大きな木のそばでうずくまっているおばあちゃんを見つけた。
 大きく曲がった背に、すっかり白くなってしまったグレイヘア。そして長いローブ。
 その時のおばあちゃんは、ただ休んでいるわけではなさそうだった。おばあちゃんの右手首には薔薇のようなあざがあって、その手で足首を押さえていたんだけれど、顔は痛みに歪(ゆが)んでいた。だから私はとっさに駆け寄ったのだ。
「おばあちゃん、大丈夫?」
「なんだねあんたは……! どこの子かは知らんが、とっとと帰りな! あたしは魔女だ! 取って喰っちまうぞ!」
 おばあちゃんは怒鳴りながらぎろりと私を睨んだ。このあたりではほとんど見ない赤い瞳に私は一瞬ビクッと震えた。
 でも、よく見るとおばあちゃんは痛みに顔をしかめ、あちこちに脂汗が浮かんでいる。
 押さえている足首は真っ赤に腫れ上がっているし、きっとすごく痛いんだろうな……。
 そのことに気づいて、私はひるみかけた心を奮い立たせた。
「おばあちゃん、私の背に乗って! 家まで連れていってあげる!」
「冗談はよしな。老婆がどれくらい重いと思っているんだい。あんたのちっこい体にゃ無理だよ!」
「大丈夫だよ! うさぎさんたちが力を貸してくれるから!」
「うさぎ……?」
 おばあちゃんが眉をひそめる横で、ポゥッとうさぎさんたちが浮かび上がる。途端に、おばあちゃんがハッとしたように目を見開いた。
「驚いたね!? これ、あんたが呼び出したのかい!?」
「おばあちゃん、うさぎさんたちが見えるの? 私以外で見える人、初めて!」
「言っただろう。あたしは魔女だ。それより、これはうさぎではなく精霊だよ! あんた、まさか精霊を使(し)役(えき)しているのかい!?」
「使役っていうか……力を貸してもらっているだけだよ。私はなんの魔法も使えない〝無魔法〟だから」
「〝無魔法〟ねぇ……。ちょっとやそっとの魔法が使えるより、精霊と話せる方が何百倍もすごいんだけどね。あたしですら精霊たちの声は聞こえないのに」
「そうなの? ……それより、おばあちゃんが乗らないならうさぎさんたちに運んでもらうね」
 私がそう言った途端、おばあちゃんの体がふわりと浮き上がり始めた。
「うわっ!」
 焦るおばあちゃんが、精霊たちの力で私の背中まで運ばれてくる。
「全部うさぎさんたちにお願いしてもいいんだけど、ふわふわしていると怖いから私がおぶった方がいいと思うの。しっかりつかまっててくれる?」
「……わかったよ」
 おばあちゃんは大きなため息をついた。ようやく諦めてくれたらしい。
 そこで私は、おばあちゃんに案内されるままおばあちゃんの家まで送り届けたのだった。

 ――その日から六年。
 十六歳になった私は、時間さえあればアデーレおばあちゃんの家に通っていた。
 机の上に仮面を置き、そばにあったできたてほやほや回復薬の小瓶を取り上げながら言う。
「そりゃあ楽しいよ。だってここならお継母さまやお姉さまにこき使われることもない上に、お薬だって作れるんだもの」
 アデーレおばあちゃんは魔女だけあって、薬作りの名人だ。
 たくさんの薬草はもちろん、色々な鉱石、それからコウモリの爪やらヘビの抜け殻やら、不思議な材料をたくさん使ってとってもよく効くお薬を作るのだ。
 最初に会った日だってそう。
 おばあちゃんは家につくなり小瓶を取り出して、中に入った緑の薬を足首に塗ったの。そしたら、見る見るうちに足首の腫れがひいていったのよ。
 その魔法みたいな薬を見て、私は一瞬で魅了されてしまったというわけだった。
「ハッ」
 おばあちゃんが鼻で笑う。
「そりゃあここに、あんたのいじわるな継母や異母姉はいないかもしれないが、その代わりにあたしにこき使われているだろうに。ほら、今煮込んでいる薬に、乾燥させた月見草を入れな!」
「はーい」
 返事をして、私は脚(きゃ)立(たつ)を手に取った。
 おばあちゃんの家の中は壁一面が棚で、そこにびっしりと小瓶が並んでいる。瓶の中はもちろんたくさんの薬の材料だ。
 月見草はその中でも一番高い棚の上にあるから、脚立が必要なのだ。
「おばあちゃんはいいのよ。だっておばあちゃん、口は悪いけれど優しいじゃない」
 目当ての瓶を取り出しながら言う。
 ――そう、おばあちゃんは優しいのだ。
 私が『薬を作ってみたい!』と言えば悪態をつきながら全部教えてくれるし、貴重な材料も文句を言いつつも惜しみなく使わせてくれる。それでいて失敗しても鼻で笑うだけで、怒りすらしないのだ。
 おかげで私も、おばあちゃん並み……とはいかなくても、かなり薬作りがうまくなった。
「へっ! そんなおべっかを使っても無駄無駄。それよりあんたは村でも町でも、さっさと男爵家以外のどこかへ旅立つべきなんだ。あたしと一緒にいたら、あんたまで村人たちに悪口を言われるだろう」
「そんなことないわ。むしろ逆よ」
 大きな薬鍋に月見草を入れて、これまた大きなスプーンでぐるぐるかき回しながら私は言う。
「村の人たちはおばあちゃんを怖がっているけれど、同時にすっごく感謝しているのよ。私が薬を持っていくたびに、大喜びしてくれるんだから」
 おばあちゃんはいつも、自分で使うわけでもないのに大量の薬を作っていた。
 それはおばあちゃんの趣味だったんだけど、私はその薬を見てもったいないなって思ったの。
 だっていっぱいあるのに、誰にも使ってもらえないなんて。
 だからある日、おばあちゃんに「これ売っていい?」って聞いてから、近くの村に行って薬を売ってみたの。
 そしたらこれが大当たり。
 最初は幼い子供(私のことね)を見て施しのつもりで薬を買ったおばさんが、その夜に回復薬のすごさに気づいて、三日三晩、村の入り口で私を待ち構えていたくらいなんだもの。
『あんた、この薬はどこで手にいれたんだい!? もっとあたしたちに売っておくれ!』
『俺もだ! 俺の家にも売ってくれ!』
『こんなに安くて良質な回復薬、見たことがない!』
 それ以来、おばあちゃんの薬は村に持っていくたび即完売の大人気商品になってしまったのだ。
「ふん。調子のいい奴らだね。最初はあんたの薬を安く買い叩こうとしたくせに。もっと値段を釣り上げてやろうかね」
「しょうがないわよ。初めて会う子供が持ってきた怪しい薬なんて、買ってくれるだけ親切じゃない。それに、今はちゃんと適正価格で買ってくれているし。――それより、今日の分はこの籠の中で全部? 持っていっちゃうわね」
 いくつもの小瓶が入った籠を持って、私は外に出ようとした。そこにおばあちゃんから声がかかる。
「リディア! 忘れ物だよ!」
 言って、おばあちゃんがポンと仮面を投げてきた。
「あ、しまった!」
「あんたは昔から本当にそそっかしいねぇ。正体がバレちまったら困るのはあんただろう!」
「ごめんなさい。気を付けるわ」
 謝りながら私は仮面をつけた。
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