私のことは忘れてください、国王陛下!~内緒で子供を生んだら、一途な父親に息子ごと溺愛されているようです!?~【極上シンデレラシリーズ】
『――村のみんなには、正体を隠した方がいい』
 定期的に薬を売りに行くことが決まった十歳の時、おばあちゃんはそう言った。
『もしあんたがウィロピー男爵の娘だとバレたら、村の奴らは気にしないが、あんたの継母と異母姉が放っておかないだろう? 間違いなく家に連れ戻されて、永遠に薬を作らされ続けるよ。断言する』
 確かにそれは一理あると思って、その日から私は変装を始めたのだ。
『ほら、精霊たちに頼んで髪の色も変えてもらいな』
 まずはストロベリーブロンドの髪を精霊の魔法で亜麻色に。
『それからこれもつけるんだ』
 言ってぽんと渡されたのは木の仮面だ。
 なぜかこの世界、瞳の色だけは魔法の力でも変えられないから、顔はフードと仮面で隠すことにしたの。
『それから名前も本名を使っちゃいけない。偽名を使いな。何かいい名はないのかね?』
『うーん……。……じゃあ本名がリアだから、リディアとか?』
『…………近すぎる気がしなくもないが、まぁいいか』
 変装し始めた私を見て村の人たちはびっくりしていたけれど、すぐに何か事情があると察してくれたみたい。
 すぐにみんな、私のことを「魔女っ子リディア」と呼んで可愛がってくれた。

 そうやって私が薬を売っているうちに、気が付けば十六歳になっていたんだけどね。
 おばあちゃん?
 おばあちゃんは何回か聞いたんだけど、そのたびに「あたしゃ永遠の二十七歳だよ!」って言い張っているわ。
「さーて、今日はどれくらいで帰れるかな」
 アデーレおばあちゃんの薬は本当に人気だから、村についたら大体すぐに売り切れちゃうのが常だ。
 たまに、薬欲しさに村の入り口で待ち伏せしている人だっているくらい。
 過去には私の後をつけて家を特定しようとした人もいるけど、精霊たちが教えてくれたから事なきを得た。
 まぁ、たとえ私が気づかなかったとしても問題はないんだけれどね。
 だってアデーレおばあちゃんの小屋には魔法がかかっていて、招かれた人や許された人以外、決してたどり着けないようになっているから。
 そんなことを思いながら、森を歩いている時だった。
「…………ん? あそこに人が倒れている?」
 森と村の境目には、大きな川が一本横たわっている。
 その川にかかっている橋を渡ると村にたどり着けるんだけれど、その川岸に人間が倒れているのが見えたのだ。
 私はあわてて駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
 川岸にうつぶせで倒れていたのは、全身ずぶぬれの若い男の人だ。
 銀色の髪をしたその人は、旅人のようなマントを着ていた。
 ぐったりとして目をつぶっているが、それでも驚くほど整っていて、かつ品のある顔立ちをしている。
 着ている服だって旅人風だが、その材質はかなりいい。
 私を含め村人たちが着ているのはほとんど麻でできた服なんだけれど、彼が着ている服は綿や絹でできていた。お姉さまたち――つまり、貴族と一緒だ。
 そして彼の腰から下は、まだ川の中に浸かっている。春とはいえ、川の水はまだまだ冷たい。
 何より私が驚いたのは――その男の人が、わき腹からどす黒い血を流していたことだ。
 ただの血じゃない。
 すぐに私はそう感じた。だって、普通の血なら赤いだけなんだけれど、川に流れていく彼の血は、どこか紫がかっていたの。
 すぐに私はピンと来た。
 これは毒が混ざっている!
「うさぎさん! この人を川の中から引き上げて!」
『『『ワカッタ!』』』
 精霊たちが男の人を引き上げている間に、私は急いで売り物の小瓶を開けた。
 そしてまず最初に解毒薬を、その次に回復薬をドバドバと傷口にかけていく。
「お願い、効いて……!」
 男の人に入った毒が何かはわからない。けれど解毒薬のおかげか、少しずつではあるものの、血から紫の色が抜けていく。そして回復薬のおかげで流血も止まり始めた。
 ただし、傷口はまだ痛々しく開いたままで、とてもじゃないけれど安心したとはいえない状態だった。
「どうしよう……」
 私は悩んだ。
 この男の人をこのままここに放っておくわけにいかない。
 かといって、村にも連れていけなかった。
 村の人たちに毒の知識はないだろうし、貴族の服を着た訳アリの男性なんてきっとみんな持て余すだけだもの。
「ここはやっぱり……連れて帰るしかないよね……!」
 私は覚悟を決めた。
 もしかしたらおばあちゃんに怒られるかも。ううん、もしかしたらじゃない。絶対に怒られる。
 でもこの人を見殺しにすることは私にはできなかった。
「うさぎさん。この人をおばあちゃんの家まで連れていこうと思うの。一緒に怒られてくれる?」
 私が聞くと、精霊たちがほがらかに答えた。
『イイヨ!』
『オバーチャン、オコル、ウサギ、タノシイ!』
『ミンナデイッショニ、オコラレル!』
 それからぽわわんという音とともに男の人の体が浮き上がった。
 そのまま私の背中に、男の人の体が預けられる。
 といっても精霊たちが半分浮かせてくれているから、私は全然重みを感じないんだけれどね。
「よーし。じゃあみんなで一緒に怒られに行きますか!」
 私は男の人をおぶったまま、おばあちゃんの家へと向かったのだった。



「まっっったくあんたは! 犬や猫じゃないんだから、なんでもほいほいと拾ってくるんじゃあないよ! ましてや人間の男だなんて!」
 案の定、小屋には飛び切りの雷が落ちた。
「ごめんなさい! だって、放っておけなくて……!」
 ベッドに寝ている男の人を横目に、私が肩をすくめる。
「ありゃあどう見てもどこぞのお貴族さまだろう! 死にかけているが、髪も肌も明らかにいいもんを食ってきた人間だ。服だって見てごらんこの艶を! こんな高級な生地、あんたの継母ですら着れないもんだよ!」
「おばあちゃんの言う通りです!」
 それからぼそりと言う。
「……でもそこまで高い生地だとは見抜けなかったわ。おばあちゃん、よく知っているのね」
「ちゃんと人の話をお聞き!」
 またぴしゃりと雷が落ちる。
「はいっ!」
「はぁまったく……。めんどくさいことになっちまったねぇ……。今から放り出すわけにもいかないし……はぁあ」
 ぼやくおばあちゃんに、私は恐る恐る聞いてみた。
「ねぇ、あの……とっさに解毒薬と回復薬をかけてみたんだけれど、これで治る?」
 私の問いに、おばあちゃんは首を振った。
「いや、あたしが見たところ、これはただの毒じゃない。魔法毒だね」
「魔法毒……」
 それは、おばあちゃんに教わったことがある。
 魔法毒は自然界にある物で作った毒じゃなく、邪悪な魔法も加わった毒のことだ。
 難しい魔法を必要とする分、効果も強力で、解毒も大変なのだという。
 おばあちゃんが男性のわき腹を見ながら言う。
「矢傷か。どうやらこの男は、誰かに命を狙われているようだね。それも魔法毒を使ってまでの」
 魔法毒は、実は作ること自体が大きな禁(きん)忌(き)となっている。
 もし作っていることが発覚したら、即牢獄行きになる。
 つまりこの男性を狙った人は、その危険を犯してまで、彼を殺そうとしているということだ。
「おばあちゃん、この人は助かる? それに、この人を狙った人はまだ近くにいるのかな……」
「こやつは恐らく、川上から流れてきたんだろうな。見ろ、矢傷だけでなくあばらまで折れている。ここにたどり着くまでに何かにぶつかった証拠だよ。それから殺そうとした奴は近くにいるかもしれんし、いないかもしれん。どのみち、この小屋や周辺には招かれない限り入れないから安全だろうが、こいつが治るかどうかはリア。お前さん次第だね」
「私……?」
 おばあちゃんに言われて私は目を丸くした。
「ああ。言っただろう、この男に使われたのは魔法毒だ。ということは、この毒を治せるのも魔法薬だけなんだ。リアがこの男を拾ったんだから、責任持ってリアが治してやんな!」
「わ、わかったわ!」
 魔法毒の真逆に位置する存在――それが魔法薬だ。
 私はおばあちゃんと違って自ら魔法は使えない代わりに、精霊たちが力を貸してくれる。
 私は前に作った回復薬を持ってくると、精霊たちにお願いした。
「うさぎさん……私に力を貸して!」
『『『イイヨ!』』』
 すぐさま、私の体の中に精霊たちの魔力が流れ込んでくる。
 最初はふわりと体が軽くなったかと思うと、次の瞬間、燃えるように体がカッと熱くなった。
 これが精霊さんたちの魔力……! 熱くて、体の中で溶岩がぐるぐると渦を巻いているみたい……!
 その魔力を暴発させないよう、体の中に液体として流すイメージをしながら、私は自分の作った回復薬と向き合った。
 そしてゆっくり、ゆっくりと精霊たちからもらった魔力を流し込み始める。
 途端に緑色の液体がパァァッと光り始め、白い魔力と混ざり合って、どんどん色が変わっていく。
 そうしてしばらくした後……目の前には真っ白に変わった魔法薬ができあがっていた。
 私はふぅ、と息をついた。見ていたおばあちゃんもうなずいている。
「うん。上出来だ。早くあの男に飲ませてやりな」
「わかったわ!」
 私はできあがった魔法薬を掴(つか)むと、すぐに男の人の元に駆け寄った。
「それから仮面! 念のためつけときな!」
「あっ、はい!」
 おばあちゃんが投げた仮面を受け取って、あわててつける。
 私は男の人の頭を抱えると、スプーンを使って少しずつ少しずつ、意識のない彼に魔法薬を飲ませていく。
 効いてくれるといいんだけれど……!
 魔法薬自体は今までも何度か作ったことはあるけれど、人に使うのはこれが初めてだったから自信がなかったのよ。
 やがて……。
「…………う……」
 薬を少しずつ飲ませていくうちに、男の人は苦しげではあるものの、うっすらと目を開けたのだ。
 開かれた瞳を見て、思わず私は息を呑んだ。
 う、わ……! なんて綺麗なの……!
 ――その人の瞳は、七色に光っていた。
 ダイヤモンドとも、オパールとも違う。
 まるでサファイアに、ルビーやトパーズ、エメラルドなど、色々な宝石を溶かして閉じ込めたような……不思議な輝きだった。
「っ……!?」
 横ではおばあちゃんも、驚きに声を失っていた。
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