私のことは忘れてください、国王陛下!~内緒で子供を生んだら、一途な父親に息子ごと溺愛されているようです!?~【極上シンデレラシリーズ】


「それにしてもウィルの瞳は、本当に綺麗ね」
 洗濯物干しを手伝わされているウィルをじっと見つめながら私は言った。
 太陽の光に照らされて、今日もウィルの七色の瞳がキラキラと光っている。
 彼の瞳はどんな時でも美しいが、特に太陽の光を受けた時が一番綺麗に輝くのだ。
 私は密かに、それを見るのが好きだった。
「世の中にこんな綺麗な瞳を持つ人がいるなんて」
「……まぁ、多くはないが、こういう人もいる」
 でも彼はあまり瞳について触れられたくないらしい。私が瞳のことを話すと、いつも気まずそうに目を逸らすのだ。
「……これ、あんまり詮索するんじゃないよ」
 そしてなぜかそれはおばあちゃんも一緒らしい。彼の瞳の話題になるといつも私が怒られるのだ。
「ごめんなさい、綺麗だったからつい」
 言って私はあわてて立ち上がった。
 いけないいけない。見惚れちゃってつい言っちゃったけれど、ウィルはそのことを嫌がっている。それに正体を隠しているのは私も同じなのだから、詮索にならないよう気を付けないと。
 誤魔化すように、私は急いで今日の分の薬が入った籠を持ち上げる。
「村に薬、届けてきます!」
 そう言って出かけようとした時だった。
「リディア!」
 ウィルが私を呼び止めたのだ。
「どうしたの?」
 振り向くと、そこにはなぜか気まずそうな顔をしたウィルが立っていた。
「いや……その………………くれぐれも周囲には気を付けるんだ。私は同行してやれないが……」
 彼が私を心配していることに気が付いて、私は笑った。
「大丈夫よ。村にはもう何百回も行っているもの」
 ……お継母さまとお姉さまに遭遇しない限りはね。
「それはそうだが……でも森の中をひとりで歩くのだろう? それは危ないのではないか?」
「ウィルったら、いつからそんなに心配性になったの?」
 私は笑った。
 最近のウィルは度々こうなのだ。
 私がこの小屋から離れようとすると、なぜかいちいち理由をつけて引き留めようとしてくる。
「だが……私を狙った不(ふ)埒(らち)者(もの)がいないという確証は? もしかするとまだ様子をうかがっているかもしれないではないのか」
「大丈夫よ! ウィルも知っているでしょう? 私には精霊がついているもの!」
 そう言った途端、ポポポッという音がして、ムンッ!とほっぺを膨らませた精霊たちが周りに現れた。
「ほら」
 言いながら指さして見せる。
 ウィルは魔法が得意だけあって、おばあちゃんと同じで精霊たちが見えるようだったの。
 初めて見せた時は、おばあちゃん以上にすごくびっくりしていたな。
「そうか……なら……まぁ……」
 そう言いつつも、ウィルの顔は全然納得いってなさそうだった。
 かと思うと、彼が真剣な顔でガッと私の手を掴む。
「だが、くれぐれも周囲には気を付けるんだ。薬を売ったらすぐに帰ってくると約束してくれ」
 思いがけず切羽詰まった彼の顔が近くに来て、私はどきりとした。
「わ、わかった。約束する。売ったらすぐ帰ってくるわ」
「……よかった」
 そう言った次の瞬間、なんと彼は安堵したようにふわりと微笑んだのだ。
 その笑顔の、麗しさといったら……。
 まるで冷たく地面を覆っていた厚い雪が溶けて、あたたかい春の陽光が差し込んできたようだった。そして太陽光に照らされた名残雪が、キラキラ、キラキラとダイヤモンドのように輝く――。
 思わずそんな光景を想像したくらいだった。
 すん………………っごい威力ね!
 初めて見る彼の笑顔に、私はカッ!と頬が熱くなるのを感じた。心臓がかつてないほどバクバクしている。
 美青年の笑顔、尋常じゃない!!
 そんな私たちを見ながら、おばあちゃんがぼそりとつぶやく。
「……まったく過保護だねぇ」
「そ、それじゃ行ってきます!!」
 まだ暴れている心臓を押さえて、私はいつも以上に元気よく出発した。
 ……ふぅー危ない危ない。
 小屋から少し離れた先で、ぱたぱたと手で顔をあおぎながら大きく息を吐く。
 ただでさえウィルの顔面は、そこにいるだけでとてつもなく威力が高いのだ。その上あんな圧倒的破壊力の笑顔を至近距離で見せられたら……私の心臓が持たない!
 仮面をつけていて本当によかった。顔が赤くなったの、バレてないよね?
 手で、くい、と仮面を持ち上げてほっぺを確かめる。頬は少し――いや、だいぶあたたかくなっていた。
 とはいえ……。
 と私は冷静に考える。
 自分でも言ってたけれど、ウィルはきっと彼を襲った暗殺者に私が遭遇しないか心配なんだろうな。
 けれど彼がここに来てからもう二か月以上経つし、その間襲われることはおろか、村で不審者の話も聞いたことがない。だから大丈夫だと思うんだけれど……。
 最近は夜、男爵家に帰る時も、「アデーレ殿の家に寝泊まりはできないのか?」ってやたら引き留めてくるしなぁ……。
 家にはどうしても帰らないといけないから、と言うと、毎回とても寂しそうな顔をするのもやめてほしい。見るたびにすごく罪悪感に駆られるから……!
 でも……。
 そう思いながら、同時にウィルがそんな風に心配してくれることが、私にとっては結構嬉しかったりした。
 あの七色の瞳がじっと私を見つめている時は、なんだか自分が少しだけ特別な女の子になったような気がして、心臓がドキドキてしまうのだ。
 そこまで考えて私はハッとした。
 うーーーんよくないよくない!
 急いでべちべちと自分の頬を叩く。
 私はあくまで命の恩人なだけ! だから懐かれている! 彼は優しい人だから!
 最初の頃は野良猫のように私たちを警戒していたウィルだけれど、警戒が解けてくると彼はとても優しくなった。
 若干朝には弱かったけれど、こまごまとした手伝いはもちろん、危ない作業は率先して引き受けるし、私やおばあちゃんの体のこともすごく気にかけてくれる。
 きっと、元々の彼は優しい人なんだと思う。
 だから間違っても、勘違いしないようにしないと……!
 そもそもウィルはいまだに私の顔も本名も知らないんだから、好きになるわけがない。
 うっかり勘違いしてしまいそうになるあたり、美青年というのは罪だな……!
 なおもべちべち自分の頬を叩きながら、私は村へと薬を売りに行ったのだった。
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