最高のファーストキス!短編集
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半年間、淡々と過ぎていった日々。仕事と家との往復の中、雑然とした生活に溶け込むように、陽子の面影は薄れかけていた。時の流れが静かに過去を遠ざけ、心に刻まれた記憶は砂の中に埋もれる貝殻のように、その輪郭を失いつつあった。けれども、どこかでその名残を捨てきれない自分がいる。恋心は、こうした日常の隙間にふと忍び込んでくるものだと、その時、初めて知った。ある雨上がりの朝、澄んだ空気の中で陽子と顔を合わせたとき、自然と声をかけていた。
「阿蘇に猿回しを見に行かないか?」
その言葉に、彼女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みが漏れた。その表情に、一瞬の戸惑いと共に何かが揺れているのが見て取れた。半年間の沈黙が、ようやく解け始めたように感じられた。
「…いいね」と静かに応えた彼女の声には、柔らかな響きがあった。その声が、これまで感じていた彼女の心の奥にある不安や迷いを少しだけ解きほぐすようだった。阿蘇へ向かう道中、彼女の隣に座り、二人の距離は静かに縮まっていった。車のエンジン音だけが響く中、窓の外を眺める陽子の横顔に、言葉をかけたい衝動がこみ上げるが、どうしてもその気持ちを抑えていた。彼女の髪が微かに風に揺れるたび、何かが胸の奥で切なさを呼び覚ますようだった。陽子はこれまで本気で人を愛したことがなかったし、その「愛」が何なのかも分からないと言っていた。けれども、隣にいる彼女の瞳がふとこちらに向けられた瞬間、思わず手を伸ばした。互いに触れた指先が重なり、その温もりが伝わると、どちらからともなく顔が近づいていった。
視線が交わり、時間が止まるような瞬間。心臓の鼓動が聞こえる中で、唇がそっと触れ合った。その一瞬、静かだった車内が息を吹き返すように、微かな温もりで満たされた。陽子の唇は予想以上に柔らかく、どこか儚げで、触れた瞬間に彼女が何を感じているのかが、手に取るように伝わってきた。二人の間にあった沈黙が、一つのキスで解けた。再び目を開けると、彼女の瞳には少しだけ涙が浮かんでいた。けれども、その涙の奥には、どこか決意のような強さが垣間見えた。
半年間、淡々と過ぎていった日々。仕事と家との往復の中、雑然とした生活に溶け込むように、陽子の面影は薄れかけていた。時の流れが静かに過去を遠ざけ、心に刻まれた記憶は砂の中に埋もれる貝殻のように、その輪郭を失いつつあった。けれども、どこかでその名残を捨てきれない自分がいる。恋心は、こうした日常の隙間にふと忍び込んでくるものだと、その時、初めて知った。ある雨上がりの朝、澄んだ空気の中で陽子と顔を合わせたとき、自然と声をかけていた。
「阿蘇に猿回しを見に行かないか?」
その言葉に、彼女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みが漏れた。その表情に、一瞬の戸惑いと共に何かが揺れているのが見て取れた。半年間の沈黙が、ようやく解け始めたように感じられた。
「…いいね」と静かに応えた彼女の声には、柔らかな響きがあった。その声が、これまで感じていた彼女の心の奥にある不安や迷いを少しだけ解きほぐすようだった。阿蘇へ向かう道中、彼女の隣に座り、二人の距離は静かに縮まっていった。車のエンジン音だけが響く中、窓の外を眺める陽子の横顔に、言葉をかけたい衝動がこみ上げるが、どうしてもその気持ちを抑えていた。彼女の髪が微かに風に揺れるたび、何かが胸の奥で切なさを呼び覚ますようだった。陽子はこれまで本気で人を愛したことがなかったし、その「愛」が何なのかも分からないと言っていた。けれども、隣にいる彼女の瞳がふとこちらに向けられた瞬間、思わず手を伸ばした。互いに触れた指先が重なり、その温もりが伝わると、どちらからともなく顔が近づいていった。
視線が交わり、時間が止まるような瞬間。心臓の鼓動が聞こえる中で、唇がそっと触れ合った。その一瞬、静かだった車内が息を吹き返すように、微かな温もりで満たされた。陽子の唇は予想以上に柔らかく、どこか儚げで、触れた瞬間に彼女が何を感じているのかが、手に取るように伝わってきた。二人の間にあった沈黙が、一つのキスで解けた。再び目を開けると、彼女の瞳には少しだけ涙が浮かんでいた。けれども、その涙の奥には、どこか決意のような強さが垣間見えた。