最高のファーストキス!短編集

エピローグ 最高のファーストキス

エピローグ 最高のファーストキス

嵐が吹き荒れる日、彼は不思議と心が乱れるのを感じていた。いつもなら冷静に自分の気持ちをコントロールできるはずなのに、雷鳴が轟くたびに、彼の中で制御が効かなくなる。ふとスマホを手に取り、気がつけば彼は彼女にメッセージを送っていた。彼女と出会ったのは、半年ほど前。仕事で訪れた展示会の帰り道、雨が降り出し、近くのカフェで雨宿りをしていた時だった。彼は何気なく目をやった窓際の席で、彼女を見つけた。長い髪が肩にかかり、肌は透き通るように白く、まるで宝石のように輝いていた。目が合った瞬間、彼は一瞬にしてその視線に吸い込まれるような感覚に陥った。その日の帰り、彼の頭の中には彼女の姿が焼きついて離れなかった。彼女の名前を知ることもできなかったが、どこかでまた会える気がした。そして、数日後。再び偶然が彼らを結びつける。彼女が働いているアクセサリーショップに彼はふらりと立ち寄り、偶然の再会を果たした。彼女の笑顔が彼を迎え、彼はまるで運命を感じるかのように、その場でアクセサリーを購入した。選んだのはティファニーの繊細なブレスレット。手のひらに収まる小さな箱を彼女に差し出し、「これ、君に似合うと思う」と言った時、彼女の目が驚きで輝き、やがてふっと照れたように微笑んだ。それから、ふたりは少しずつ距離を縮めていった。頻繁に連絡を取り合い、時には彼女が選んだカフェで話し込んだり、また別の日には彼が好きなアートギャラリーに一緒に足を運んだり。日常に溶け込む彼女とのひとときが、彼にとっての宝物になっていくのを感じていた。ただ、それ以上の関係へ進む勇気が彼にはなかった。彼女の笑顔を見るたびに、手が届かないのではないかと思うことがあった。だから、彼は遠慮がちに彼女に近づき、さりげない気持ちだけを伝えていた。そんなある夜、再び嵐が訪れた。窓の外には大粒の雨が叩きつけ、稲光が夜空を照らしていた。雷鳴とともに、彼の心は落ち着きを失っていった。何かが背中を押すように、彼は再び彼女にメッセージを送った。
「雨、大丈夫?」
彼からのメッセージに、彼女からすぐに返事が来た。「大丈夫。でも少し怖いかな」
いつもの彼なら、「気をつけてね」とだけ送り、次の話題を待つか、そっと会話を終わらせていただろう。しかし、その夜の彼は違った。彼は思い切って彼女を誘った。「良かったら、今から会わない?」
彼女からの返事はすぐには来なかったが、彼の心臓は高鳴り続けた。そして数分後、彼女からのメッセージが届いた。
「…うん、行く」
二人が待ち合わせたのは、あの最初に出会ったカフェだった。店内は少し静かで、窓の外では雨がしとしとと降り続いていた。彼女は薄いジャケットを羽織っていて、濡れた髪を気にしながら席についた。
「本当に来てくれて、ありがとう」と彼が言うと、彼女は照れくさそうに微笑んだ。「嵐の夜、外に出るなんて変だよね。でも、あなたの声を聞いたら安心できそうで」
彼はその言葉に少し勇気をもらい、目の前に座る彼女をまっすぐに見つめた。少しばかりの沈黙の後、彼女がポツリと話し始めた。「私、最近少しずつだけど、誰かと一緒にいることが怖くなくなってきたんだ」
「それは、僕のこと?」と、彼が冗談めかして尋ねると、彼女は静かに頷いた。「あなたがいたから、少しずつだけど、私も心を開けるようになった気がする」
彼の心がふわりと温かくなるのを感じた。彼女の言葉には、ただの感謝以上のものが込められているように思えた。そして彼は、もう一歩踏み出す時が来たのだと感じた。
「…もしよかったら、このまま少し散歩しない?」
ふたりは、夜の雨が降り続く中、傘をさして公園の道を歩いた。風がやや強く、時折傘がひっくり返りそうになりながらも、ふたりは笑い合って歩いた。やがて、彼女がふと足を止め、夜空を見上げた。
「雨の夜って、少し不思議な感じがするよね」と彼女が言った。「怖いけど、落ち着く」
「僕も、君といるとそんな気分になるんだ」と彼が応えると、彼女は驚いたように彼を見つめた。
その瞬間、彼女の頬に落ちた雨粒を彼はそっと指先でぬぐった。そして、自然な流れで彼は彼女の顔に顔を近づけた。彼女も抵抗せず、静かに目を閉じた。ふたりの唇が触れた瞬間、それは雨音も風の音も、すべての音が遠ざかるかのような感覚に包まれた。彼の心の中には、嵐のような情熱と、穏やかな安堵が同時に湧き上がった。それは、言葉では言い表せないほどの瞬間で、ただただ心が満たされていくのを感じた。
キスが終わると、彼女は照れたように俯き、ふたりは微笑み合った。その夜の雨は、彼らの心に残る永遠の記憶となり、ふたりの間に新たな物語が始まったことを告げていた。
雨が上がった空には星が瞬いていたが、ふたりの胸にはそれ以上の輝きが残されていた。

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