最高のファーストキス!短編集



田中由美の研修もいよいよ最終日を迎えた。この日は朝から龍太郎の姿が見当たらない。龍太郎は部屋にこもり、小説の執筆に没頭していた。その作品は「走馬灯で完結した」というタイトルで、彼自身の人生と重なるような内容だった。ようやく書き終えた龍太郎が時計を見ると、すでに昼を回っていた。急いで洒落た服に着替え、デイケア室へ向かうと、そこでは研修生たちが最後の実習として、由美たちが企画したプログラムを披露していた。由美が龍太郎の姿に気づくと、ほっとした表情を浮かべる。彼女たちの企画は、ちぎり絵を貼って灯篭を作るというもので、龍太郎もぎこちない手つきで参加した。プログラムが終わり、由美と他の研修生が去る時間が近づく。龍太郎は記念に、自分が徹夜で書き上げた小説を由美に手渡した。由美は「辛いときに励みにします」と微笑みながら受け取った。夕食を済ませた龍太郎が喫煙室でタバコをくゆらせていると、ふと視界に由美の姿が入ってきた。
「どうしたんだい?」
「お父さんを待っているんです」
「じゃあ、まだ少し時間があるな」龍太郎は自販機でコーヒーを二つ買い、由美と並んで飲んだ。
「相馬さんって、おじいちゃんみたいですね」
「そうかい? 私は二度も成人式を迎えてるんだからね」
少し照れくさそうに笑う由美を見つめ、龍太郎の胸の奥がざわめく。何かが言いたいけれど言えないような、そんな緊張感が漂う。そのとき、由美が龍太郎に向かって一歩近づいた。龍太郎は戸惑いながらも、彼女の視線を真っ直ぐに受け止めた。ゆっくりと顔が近づき、お互いの息遣いが感じられるほどに距離が縮まる。そして、二人はそっと唇を重ねた。短いけれど、温かいキスだった。
「また会えるといいですね」由美は、少し恥ずかしそうに言って微笑んだ。龍太郎は、ただ「元気でね」とだけ返し、彼女を見送った。胸が熱くなるのを感じながら、龍太郎は再び静かな日常へと戻っていった。
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