白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「こちらが食堂でございます」
 メイドから恭しく告げられた先には、どどんと構える重厚な扉。細やかな金細工が凝らされ、じっと見ていると目が乾いて涙が出る。
「しまった。色々作戦を練ろうと思っていたのに」
「生産性のない会話で終わりましたね」
「何とかなるわよね」
 旦那様と顔を合わせるのは、これで何度目か。ヴェールが邪魔してよく見られなかったから、実質これが初対面に等しい。
「大旦那様もいらっしゃるそうですよ」
「今さら重大情報!」
「さぁ、どうぞ」
 澄まし顔のマリッサに恨みの視線を送ってみても、当の彼女はどこ吹く風。そうこうしているうちに、見た目とは裏腹に静かな音を立てて扉が開いた。
「し、失礼いたします。お待たせして、申し訳ございませんでした」
「ああ、畏まる必要はない。そこに座りなさい」
「ありがとうございます、大旦那様」
 どきどきを通り越して、ばあん!と砕け散りそうになる心臓を必死に宥めながら、とりあえず舌を噛まないことだけに集中する。
 中と外では空気感が雲泥の差で、豪奢で煌びやかなのはもちろんのこと、食事をする場所とは思えないほどの緊張感に包まれている。ここには、ほとんど花は生けられていないようだ。
 先ほど声を掛けてくれた大旦那様は、この大領地を統べるヴァンドーム辺境伯その人。屈強な身躯と長身、紫黒色の髪と瞳、そして豊かな口髭が男らしい。
 結婚宣誓式でご挨拶したけれど、ここまでの至近距離で対面するのは、おそらく初めて。私の父とはこうも違うのかと、思わず圧倒されてしまう。
「この屋敷はもう貴女の家なのだから、もっと気楽にしなさい」
「あ、は、はい」
 と言われても、急には難しい。けれど、その言葉をかけてもらえただけでも、心の緊張は少し解れた。
 重厚なバンケットテーブルの隅にちょこんと座り、ちらちらと周囲を見回す。なるほど、私の正面にいらっしゃるとんでもない男前が旦那様なのねと、つい観察してしまった。
「……何か」
「い、いえ」
 ぎろりと睨まれ、ひえぇと心臓が縮こまる。もしかすると、大旦那様よりもずっと恐ろしい方なのかもしれない。機嫌を損ねて離婚されないよう、重々気を付けなければ。
 とはいえ、やっぱり気になるものは気になる。私は昔から、一度そう思ったらとりあえず隅々まで見てみなければ落ち着かない性分なのだ。
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