白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
 その後領地視察をつつがなく終えた僕は、馬車に揺られながら先ほどのテミアンとの会話を反芻していた。
 フィリアは、まるで僕を恨んでいるような素振りがない。政略結婚を求めていたのであれば、もっと淡白であってもおかしくないはずなのに、その様子もない。
 素直で自由で、思考がすぐ口や顔に出る。打算や含みがないから話していて心地がいいし、何よりあの笑顔を見ていると、心にかかったバリアがぽろぽろと剥がれ落ちて、すべてを曝け出してしまいたくなる。
 まだ出会って間もないというのに、こんな気持ちは彼女以外の誰に対しても抱いたことがない。先日気まぐれで庭園にいる彼女に話しかけた時には、なぜか干し肉をくれた。そこには深い意味などなく、ただ自分が好きだと思うから、僕にも食べて欲しかったというだけ。
「あの時の笑顔、可愛らしかったな……」
 ただの記憶に、頬が緩む。最近時間が合えば夕食を共にしているが、果たして今日は間に合うだろうか。
 そんなことを考えていると、ふと先ほどのテミアンの言葉が蘇る。

 ――これから奥様には、思いきり好きなことをさせてあげたら良いよ。買い物でもお茶会でも、秘密の恋人でも。
 
 ――彼女は君の行動に口を出さない。そして君は彼女の行動に口を出さない。

「さすがに、勝手過ぎるよな……」
 まさか、自分で自分の首を絞めることになるとは夢にも思わなかった。揚々とあの手紙を綴った当時の自分を恨んでも、どうすることも出来ない。
 理由は分からないけれど、フィリアの肌にジャラライラの花香が馴染み始めていることは確かだ。散々あの香りに悩まされてきた僕がそう感じるのだから、間違いはない。
「生誕パーティー、どうにかして断れないだろうか」
 先ほどから、独り言が止まらない。土台無理な話だと分かっていても、純真無垢で世間知らずな彼女に吸い寄せられた男達が群がる様を想像しただけで、思わず胸の辺りを掻きむしってしまう。
 テミアンは僕もそうだと言っていたが、マグシフォン家には耐性がついている。それとも、それさえ例外となってしまったのか。
 これ以上考えても埒があかないので、小さく頭を振って気分を変えようと車窓に視線を移した。流れゆく景色をいくら睨みつけても、時を早送りすることなど出来はしないのに。
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