白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜

第四章「楽しい田舎ライフを守る為に」

 ♢♢♢
「改めまして奥様、私は侍女長のクイネと申します。生誕パーティーまでの約ひと月、ダンスレッスンや淑女マナーなどに関する指導を一任されましたので、どうぞよろしくお願いいたします」
 私の母と同年代だろうか。上品な大人の色香漂う侍女長クイネさんが、柔らかな笑みでこちらに向かって会釈をした。
「こ、こちらこそ!ご迷惑をおかけします」
「まぁ、奥様。使用人に対してその対応はいけません。このヴァンドーム家の女主人ともあろうお方が、軽々と頭を下げることは許されないのです」
「す、すみません」
「奥様、いけません」
 優しそうに見えても、クイネさんはこのお屋敷の侍女長にまで上り詰めた人。間違いをびしばしと指摘されるこの感覚は、母と対峙しているみたいで冷や汗をかく。
 まだ爪を武器とされないだけましだと、私はいま一度ぐいんと背筋を伸ばした。
 昨朝旦那様から言われたことは、どうやら幻聴ではなかったらしい。彼は、本当に私を生誕パーティーのパートナーに選んだ。
「信じられない」
「ご夫婦なのですから、当たり前では?」
 側でレッスンを見ているマリッサが、淡々とした口調でそう言った。
 貴族同士の結婚に愛がないことは当たり前で、私はそれに抵抗がない。好きとか嫌いとか、そういう目に見えない感情論の方がよっぽど怖いと思う。
 もし夫に「僕を愛しているなら尽くして当たり前だろう?」なんて言われたとしたら、だったら今すぐ嫌いになりますと答えるだろう。
 親愛でも友愛でも家族愛でも、それを搾取するのは非常によろしくないことなのだ。
「ではまず、ベーシックステップから参りましょう」
「はい、先生!」
「クイネで構いません」
「はい、クイネ先生!」
 にこにこしながらそう言うと、彼女は妥協したような表情で小さく頷いた。身分関係なく、教えを乞うなら相手には敬意を払いたい。
 クイネの右手を取り、左は軽く肩に添える。私の方が背が高いけれど、今日は彼女が男性役だ。ミンストレルの伴奏に合わせて、リズムよくステップを踏んでいく。
 こんな風に誰かと踊るのは、一体いつぶりだろう。弟のケニーは歳が離れている上に最近は思春期で構ってくれないし、母に無理やり連れられたパーティーで名前も覚えていないどこかの令息と、お互い申し訳程度に踊ったくらい。
 煌々と照らされたシャンデリアの灯りの下、大勢の人に見られながら踊るのは好きじゃないけれど、ダンス自体は楽しいと思う。太陽と緑と美味しい空気の中で好き勝手にターンやステップを踏んでいる時間は、私にとってとても有意義だった。
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