白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
 私が慣れたと判断したのか、ステップだけでなくターンやポーズと、クイネは徐々に難易度を上げていった。
「奥様、少しよろしいですか」
 ほどなくしたところで、彼女がぴたりと動きを止める。何やら神妙なその様子に、どこか間違いでもあっただろうかと、はらはらしながら彼女の顔を見つめた。
「完璧です」
「へ?」
「ですから、すべてが完璧ですと申し上げました。私が指導する必要はないでしょうと、旦那様にお伝えしておきます」
 柔らかな表情のクイネを見て、思わずぽぽっと頬が熱くなった。そんな風にまっすぐ褒められたら、さすがの私ももじもじしてしまう。
「マリッサ、私完璧ですって!先生に大絶賛されてしまったわ!」
「それは少し盛りすぎでは?」
「あら、そうだった?」
 彼女はいつも通りの表情だったけれど、どことなく嬉しそうなのが可愛い。他の人から見たらわからないかもしれないけれど、長い付き合いの私には一目瞭然。本当のマリッサは、とても優しい人なのだ。
「とはいえ、フィリア様はやろうと思えば大抵のことはそつなくこなせる方なのです。そう思わないだけで」
「ちょっとやだ、マリッサまで褒めないでよぉ」
「別に褒めてはいませんが」
 私達のやり取りを見て、クイネがぽかんとした顔で瞬きを繰り返している。
「お二人は随分と仲がよろしいのですね」
「ええ、マリッサは昔からずっと一緒ですから!」
「違いますよ、フィリア様。クイネさんは、侍女と主人の関係性があまりにもくだけていると、そうおっしゃっているのです」
 言い直されても、結局よく分からない。
「つまり、私達が仲良し過ぎるってことか」
「もうそれでいいです」
「身分だけでいえばマリッサも私と同じ子爵家の出身だし、仮にそうでなかったとしても大切な家族だもの」
 にこにこしながら彼女の手を握ると、意外にも握り返してくれた。
「いたたた、痛い!マリッサ痛い!」
「申し訳ございません、少々愛が強過ぎました」
 涙目になりながら抗議したけれど、そう言われるとこの痛みも受け入れようと思える。愛が込められているのなら、それは仕方ない。
「クイネ先生、続きをお願いします!」
「いえ、ですから奥様は完璧で」
「久しぶりに踊ると凄く楽しくて!出来れば、もう少しお付き合いしてもらえると嬉しいです」
 私の言葉にクイネは一瞬目を丸くして、それからふわりと微笑んだ。
「若旦那様は、とても素晴らしい方と結婚をなさいましたね」
「えっ、それって私のことですか⁉︎」
「ええ、もちろん。きっとお二人は、この先も良きパートナーとしてヴァンドーム家を盛り立てていくことでしょう」
 その瞬間、胸の奥がぐぐっと詰まるように痛んだ。いくら政略結婚といえど、なんだか周りの人達を騙しているような感覚に陥る。本来なら私は、旦那様にもヴァンドーム辺境伯家にも相応しくない人間なのだから。
 彼に事情がなければ、私に結婚を申し込むなんてことは絶対になかった。
「フィリア様」
 事情を知っているマリッサが、先ほど私がしたようにぎゅっと手を握る。
「私も、そう思いますよ」
「……ありがとう」
 私を慮ってくれる彼女に、心配いらないという意味を込めて笑いながらこくりと頷いた。
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