白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「あ、貴女って人は……」
 母は頭を抱えながら、まるで支えを失ったようにふらふらと体をよろけさせる。
「奥様、どうかお気を確かに」
「ああ、マリッサ。貴女にも苦労をかけるわね」
「お気になさらないでください。私はいつ何時も、奥様の味方です」
「なんて素晴らしい子なの……!」
 悲劇のヒロインよろしく、目元にハンカチを当てる母。マリッサはマリッサで、そんな母に同情の熱い視線を注いでいた。
「な、なによ二人して!だって、しっかり読み込んだって決められないんだもの!もう、こうして選ぶより他はないじゃない!」
 迷った時には、これが一番最強なんだから。
「絵姿だけご覧になっては?顔は大事ですよ」
「自分が大したことないのに、相手だけ素敵だったら嫌だわ」
「おや、意外とまともなご意見」
 マリッサは、一体私をなんだと思っているのやら。だけど、彼女のこういう嘘を吐かない正直なところが、私は大好きなのだ。
「確かに、それもそうですね」
 にしても、ここは嘘でも良いから否定してほしかった。
「まぁ、良いわ。どの殿方を選んでも家柄身分共に申し分ない男性だから。むしろ、こちらが申し訳ないくらいよ」
「そうですよ、お母様。不良債権の押し付けはいけません」
「どの口が言うのかしら」
 至極まともな意見を述べたのに、ウジでも見るかのような視線を向けられてしまった。
「私の娘は、どこに出しても恥ずかしくないわ。不良債権なんて無粋な表現は辞めてちょうだい」
「お、お母様……」
 普段怒ってばかりでも、実はそんな風に思ってくれていたのかと、じいんと胸が熱くなる。
「どう、マリッサ。今の台詞、慈母ぽかったかしら」
「ええ、奥様。とてもそれらしくて素敵でした」
 二人の会話で、一気に氷点下まで胸が冷えました。思っても口に出さないでほしかった。
「とにかく、本当にその方で良いのね?中身すら見ていないけれど」
「女に二言はありませんわ!運命の女神が、この方を選べと私に囁かれたのです!」
「ただ適当に決めただけじゃない」
 どちらにしようかな、天の神様の言う通り。は、決して適当なんかではない。
「まぁ、良いわ。気が変わらない内に、さっさと先方へお伺いしましょう」
「えっ、行くの?」
「……おばかさん」
 コルセット、パニエ、お化粧、整髪。考えただけで、クローゼットに閉じこもりたくなった。
「まぁ、良いわ。旦那様となる方に、交渉すればいいだけの話ですもの。たくさん愛人を作っても構わないから、私を自由にさせてくださいって」
「今、とんでもなく聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするわ」
 私の心の呟きは、いつも勝手に外へと飛び出す。無表情でゆらりと立ち上がった母に向かって、どうにか誤魔化そうと選んだ釣書を掲げた。
「ほ、ほらほら!中を見ましょう、お母様!」
「そうね。まずはそこからね」
 しぶしぶ座り直した彼女に、私はほうっと胸を撫で下ろす。表紙を捲ろうと手を掛けたその瞬間、ばん!と勢いよく扉が開いた。
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