白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「た、た、大変だ!」
 血相を抱えて飛び込んできたのは、父であるレイモンド。我がマグシフォン子爵家当主であり、厳格な……とは程遠い、貴族間の結婚にしては珍しく妻の尻に敷かれている温和で気弱な性格の人。
 さして広くない領地は、その人柄に支えられているといっても過言ではない。時には領民に紛れて鍬を持つようなこともあり、その度母に叱られている。しかも、母が怒ると嬉しそうなのでちょっと怖い。
 私や弟のケニーにも甘いとよく注意されているけれど、そんな父が私は好きだった。
「どうされました?そんなに急いで」
 母が立ち上がり、父の汗をハンカチで拭う。まるで手のかかる子供のようだと思いながらも、二人の仲の良さは素直に微笑ましい。
「じ、実は今しがた、フィリアに結婚の申し込みが届いたんだ」
「何ですって、結婚?」
「ああ、そうだ。婚約すっ飛ばして、即結婚がしたいのだと!」
 さすがの母もこれにはあんぐりと口を開け、父は滝のような汗をかき続けている。唯一表情が変わらないのは、いつでも冷静な侍女マリッサだけ。
 当の私はというと、その話を聞いてキュッと唇を尖らせた。
「もう。せっかく、大変な思いをして旦那様を決めたっていうのに」
「お黙り!貴女は口を挟まないでちょうだい!」
 どうやら母は、現在大混乱中らしい。黙って口を噤んでおいた方が、無難だと判断した。
「それにしても、婚約期間なしに結婚だなんて。話が急過ぎませんこと?」
「実は、釣書は既に受け取っている。その時はまだ婚約という話だったのだが、我が家とはどう考えても差があり過ぎたからな。折を見て断るつもりでいたんだ。まさか、向こうも本気とは思わなかったし」
「本気でないのに婚約の申し込みを?」
「いや、数打ちゃ当たる戦法かなって」
 なんなんだ、それは。私は試し撃ちの的じゃないと言いたい。仮にそうなら、娘を蔑ろにしたともっと怒ってほしいものだ。
「どうするのですか、旦那様」
「どうしよう、リリベル」
「落ち着いてくださいませ」
 おろおろと慌てふためく父を、母が慰めている。そして突然、きっ!とこちらを睨めつけた。
「貴女のことなんだから、ちゃんと意見を述べなさい!」
「理不尽過ぎるわ!」
 落ち着いた方がいいのは貴女だと、突っ込みを入れたくなった。
「お嬢様は、どうなさりたいのですか?」
「そうねぇ。とりあえず、選んだ釣書でも見ようかしら」
「はい?」
 マリッサは怪訝そうな顔をするけれど、だってせっかく選んだのだしどんな方かくらいは知りたいと思うのが人情というものだ。きっともう、ご縁はなくなってしまうのだろうけれど。
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