白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「あと七年ほど待ってくだされば、私は貴方の妻を完璧に努めてみせます」
「そんなに待てません」
「では、その時になったら離縁して私を選ぶと約束してください!」
 王女殿下の猛攻は続き、遂に私を押し退け旦那様の隣に腰掛ける。こういう場合はどうするのが正解なのか、またしても難問にぶち当たってしまった。
「おどきなさい!オズベルト様の隣は私のものなのだから!」
「あ、はい。すみません」
「妻に失礼な態度を取るのは止めてください!」
「嫌ったらいや!妻なんて、私は絶対に認めないいぃ‼︎」
 とうとう地団駄を踏み始め、旦那様は深い溜息を吐く。なんだか頭を撫でたい衝動に駆られたけれど、幼いとはいえ王女殿下に対してそんなことは出来ない。
「ちょっと、何笑っているのよ!貴女、私を馬鹿にしているの⁉︎」
「まさか、そんな!ただ、羨ましいなと思いまして」
「は?羨ましいですって⁉︎」
 彼女はぴたりと足を止めると、ぎろりと私を睨めつける。ちらりと旦那様に視線を向けると、彼の頬も興味深そうにぴくりと反応していた。
「好きな相手に対してそんなにもまっすぐにぶつかっていける王女殿下は、本当に素敵です。私の中には生まれたことのない感情ですので、余計にそう思うのかもしれません」
「何を言っているの?貴女はオズベルト様の妻でしょう⁉︎私の一番欲しいものを手にしているじゃない‼︎」
 確かに、立場だけで言えばそうなる。殿下からしてみれば私の方が恵まれて見えるのは最もだし、貴族間での愛のない結婚は珍しくも何ともない。
「ううん、説明が難しくて……。たとえば、世界で一番美味しいステーキが目の前にあったとして、私はそれを食べることが出来る。だけど、鼻も目も耳も塞がれて、感じられるのは味覚だけ。それでも確かに食べたと言えるけれど、こちらとしては五感すべてで堪能したいというか、ただ口に出来たらそれで満足出来るかと聞かれたら本当の意味では出来ていないわけで」
「私は一体、長々と何を聞かされているの」
 すん……と真顔になった王女殿下は、色のない瞳でこちらを見つめている。彼女の好物は肉ではなかったかと、私は再度熟考した。
「では今度は世界一美味しい魚が目の前にあったとして……」
「例える食材を変えればいいということではないのよ!」
 きんきんとした金切り声も、まだ幼い少女が出すとどこか可愛らしい。こんな美少女に愛されて旦那様は幸せだなと思うけれど、それは私の立場だから言えることで、色々と事情のある旦那様の気持ちを、知り合って間もない私が分かったような口をきくのは間違っている。
「フィリア」
 旦那様が私の名を呼んで、じっとこちらに視線を向けている。なんだか捨てられそうな犬みたいに震えているように見えて、思わずうっと後ろにのけ反りそうになった。
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