白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
とりあえず、第五王女殿下は一旦引き下がってくれたようだ。終始不満な顔を隠さず、真っ白で柔らかそうな頬をぷくっと膨らませる様は可愛らしくて、何度か触ってしまいそうになった。
プライベートサロンを出てから第三王女殿下にお祝い申し上げて、しばらくの間はパーティー会場にて歓談していた。けれど案の定令嬢達の艶かしい視線がぐさぐさと突き刺さり、一旦は戻っていた旦那様の顔色が再びコオロギになり始めたので、私は体調の悪いふりをして彼と共に早々にその場から立ち去ることにしたのだった。
「すまない、フィリア。王女殿下のことといい、君には迷惑をかけてばかりだ」
がたごとと馬車に揺られながら、煌びやかな王宮がだんだんと小さくなっていくのを、視界の端でぼんやりと見つめている。
正面に座る旦那様はがっくりと肩を落としていて、何か私に出来ることはないだろうかと頭を悩ませた。思っていた以上に旦那様は大人気で、毎日毎日あんなにねっとりとした瞳で見つめられたら、気分が参るのも無理はない。
もしも同じ立場だったとしたら、女性が苦手になってしまう気持ちもよく分かる。私の場合は状況が百八十度違ってもそうだったのだから、自分がいかに甘えた考えだったのかを改めて痛感して、申し訳ない気持ちになった。
万が一にも、私があの令嬢達と同じ目で旦那様を見つめてはいけないと自身に言い聞かせ、手を伸ばしてそっと彼の背中をさする。
「白い結婚とはいえ、今の私達は夫婦です。迷惑だなんて思わないけれど、取り繕う必要もないんですよ」
「……フィリア、ありがとう」
「王都の屋敷に着くまで、ゆっくりと休まれてください」
にこりと笑いながら座り直そうとしたけれど、くいっと手を引かれそのまま彼の隣にすとんと腰を下ろす。
「君の優しさに甘えてもいいだろうか」
「えっ、あ、あの」
「少しだけ、こうさせてほしい」
旦那様の柔らかな髪が、微かに私の耳をくすぐる。左肩に感じる重みを嫌だと感じないのは、旦那様の吐息が静かで落ち着いているから。
「フィリアの側は、安心するな」
「……でしたら、良かったです」
私はちっとも安心しないどころか、今にも倒れてしまいそうなくらい緊張しているけれど、彼の顔色がコオロギから人に戻る為なら、鼓動のひとつやふたつ止めてみせる。
「旦那様は本当に苦労なさっていらっしゃるのですね」
「僕がもっと上手く対応出来たらいいんだが」
「あれは誰でも無理ですよ。旦那様は悪くないと思います」
第五王女殿下の恋心は私からすれば微笑ましかったけれど、少女とはいえあの方は正真正銘王族だし、結婚を迫られたら重圧を感じてしまうだろう。
正直な気持ちを言えば、あの場にいた令嬢達や殿下と私を比べて、勝っているところなんてひとつも思い浮かばない。だとすればやっぱり、メリットは白い結婚という点と、後はジャラライラの花香のせい。
自分から本当に異性を惑わす香りがしているのかどうか怪しいけれど、少なくとも旦那様には効いているらしい。
「私はこれからも、旦那様にとっての安全地帯であり続けます。ですから、大舟に乗ったつもりでどうぞお気軽に寄りかかってください!」
「ははっ、我が妻は頼もしいな」
彼の心地良い声色が普段とは別の場所から響いて、なんだかくすぐったい気分になる。異性に慣れていない私の心臓はずっと煩いままだけれど、旦那様に悟られないよう必死で平静を装った。
プライベートサロンを出てから第三王女殿下にお祝い申し上げて、しばらくの間はパーティー会場にて歓談していた。けれど案の定令嬢達の艶かしい視線がぐさぐさと突き刺さり、一旦は戻っていた旦那様の顔色が再びコオロギになり始めたので、私は体調の悪いふりをして彼と共に早々にその場から立ち去ることにしたのだった。
「すまない、フィリア。王女殿下のことといい、君には迷惑をかけてばかりだ」
がたごとと馬車に揺られながら、煌びやかな王宮がだんだんと小さくなっていくのを、視界の端でぼんやりと見つめている。
正面に座る旦那様はがっくりと肩を落としていて、何か私に出来ることはないだろうかと頭を悩ませた。思っていた以上に旦那様は大人気で、毎日毎日あんなにねっとりとした瞳で見つめられたら、気分が参るのも無理はない。
もしも同じ立場だったとしたら、女性が苦手になってしまう気持ちもよく分かる。私の場合は状況が百八十度違ってもそうだったのだから、自分がいかに甘えた考えだったのかを改めて痛感して、申し訳ない気持ちになった。
万が一にも、私があの令嬢達と同じ目で旦那様を見つめてはいけないと自身に言い聞かせ、手を伸ばしてそっと彼の背中をさする。
「白い結婚とはいえ、今の私達は夫婦です。迷惑だなんて思わないけれど、取り繕う必要もないんですよ」
「……フィリア、ありがとう」
「王都の屋敷に着くまで、ゆっくりと休まれてください」
にこりと笑いながら座り直そうとしたけれど、くいっと手を引かれそのまま彼の隣にすとんと腰を下ろす。
「君の優しさに甘えてもいいだろうか」
「えっ、あ、あの」
「少しだけ、こうさせてほしい」
旦那様の柔らかな髪が、微かに私の耳をくすぐる。左肩に感じる重みを嫌だと感じないのは、旦那様の吐息が静かで落ち着いているから。
「フィリアの側は、安心するな」
「……でしたら、良かったです」
私はちっとも安心しないどころか、今にも倒れてしまいそうなくらい緊張しているけれど、彼の顔色がコオロギから人に戻る為なら、鼓動のひとつやふたつ止めてみせる。
「旦那様は本当に苦労なさっていらっしゃるのですね」
「僕がもっと上手く対応出来たらいいんだが」
「あれは誰でも無理ですよ。旦那様は悪くないと思います」
第五王女殿下の恋心は私からすれば微笑ましかったけれど、少女とはいえあの方は正真正銘王族だし、結婚を迫られたら重圧を感じてしまうだろう。
正直な気持ちを言えば、あの場にいた令嬢達や殿下と私を比べて、勝っているところなんてひとつも思い浮かばない。だとすればやっぱり、メリットは白い結婚という点と、後はジャラライラの花香のせい。
自分から本当に異性を惑わす香りがしているのかどうか怪しいけれど、少なくとも旦那様には効いているらしい。
「私はこれからも、旦那様にとっての安全地帯であり続けます。ですから、大舟に乗ったつもりでどうぞお気軽に寄りかかってください!」
「ははっ、我が妻は頼もしいな」
彼の心地良い声色が普段とは別の場所から響いて、なんだかくすぐったい気分になる。異性に慣れていない私の心臓はずっと煩いままだけれど、旦那様に悟られないよう必死で平静を装った。