白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
 今夜のパーティーが成功だったのか失敗だったのか、それはよく分からない。結局、クイネ先生から指導してもらったダンスの成果は見せられないままだったし。
 それに色々と忙しなかったから、ずらりと並んだご馳走をほとんど口にすることが出来なかった。自由気ままに生きている私も、さすがにこの状況で「お腹が空きました」とは言えず、かといって緊張で空腹を忘れられるような繊細な心の持ち主ではないので、その内に心臓よりも腹の虫が駆け足で暴れ回り始めた。
 結局王都の屋敷に着くまで旦那様はずっと私に寄り添ったまま、馬車を降りる頃にはすっかり顔色も良くなっていて、ほっと胸を撫で下ろす。もうだいぶ遅い時間なのでマリッサに夜食を頼むのも気が引けて、このままベッドの中でステーキの夢を見るしかないと、謎の気合いを入れた。
「フィリア、おいで」
 と、自室に向かう前旦那様に手招きされてやって来たのは、メインとなる食堂のすぐ側にある比較的こじんまりとした部屋。こちらにもテーブルが置いてあり、さらにその上にはサンドイッチやスコーンなどの軽食が並んでいた。
「旦那様、これは?」
「あらかじめ、コックに頼んでおいたんだ。フィリアはきっと、食欲より僕を優先するだろうと思っていたから」
「それで、こんな……」
 普段食い意地の張った私の姿を知っていてなお、そんな風に思ってくださったことに驚き、想像以上に嬉しくて堪らない。目の前の料理を見つめたまま、私はしばらく喋ることも出来なかった。
「さすがに、パーティーで振る舞われた食事を持ち帰ることは難しかったが」
「いいえ、私これが良いです」
 あの場にひしめいていたどんな豪勢な料理よりも、きらきらと輝いて見える。旦那様だって大変なのに、それでも私を気遣ってくれる優しさが本当に嬉しかった。
「もしよろしければ、旦那様も一緒に召し上がりませんか?」
「良いのか?一人の方がゆっくりと食べられるんじゃ」
「私は、二人の方がもっと嬉しいです」
 ふわりと微笑むと、旦那様は一瞬目を丸くした後私と同じように目を細めて静かに頷く。
「ありがとうございます、旦那様」
「喜んでもらえて良かった」
「……へへ」
 いつもより距離の近いテーブルは、なんとなく気恥ずかしい。私達は互いに目を合わせながら、いつもよりずっと美味しく感じる食事を味わって食べたのだった。
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