白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「と、こんな話をしている場合ではありませんでした。大旦那様が、奥様をお呼びでいらっしゃいます」
「大旦那様が私を?」
「お茶をご一緒にと」
 ひゅん!と一瞬で背筋が伸びる。大旦那様から厳しいことを言われたことは一度もなかったけれど、やっぱり辺境伯ならではのオーラは凄まじい。ほんわかした私の父とは真逆で、普段は無口でほとんど笑った顔を拝見したことがない。
 寡黙でダンディズム溢れる美中年、旦那様に負けず劣らずすっきりと整った顔立ちをされている。お若い頃は相当女性達から言い寄られただろうと、容易に想像がついた。
「とうとう、妻としての体たらくについてお叱りを受けるのかしら……」
 大旦那様が白い結婚についてご存知なのかどうか、私には分からない。仮に知っていたとして、貴族間の結婚なんてほとんどがそんなもので、愛はなくとも責務を全うしている女性がほとんどだろう。
 私はといえば、日がな一日庭園を駆け回ったり芝生に寝転んだり、メイドや庭師達の後をうろちょろしては相手をしてもらったり。旦那様が在宅の時には、書物庫で一緒にブルーメルのことを教えてもらい、時にはそのまま寝てしまって気付けば部屋まで運んでもらっていた、なんてことも一度や二度じゃない。
 果てはパーティーの席で、図らずもアンナマリア王女殿下に宣戦布告のような真似をして、もしかしたら大旦那様はそのことで責めを受けたのかもしれない。
 とどのつまり、私はヴァンドーム辺境伯家の立派な穀潰しの厄介者だということだ。
「それはあり得ません、奥様」
 めそめそとべそをかく私の肩を、クイネ先生が優しくぽんと叩く。
「奥様がいらっしゃってから、ヴァンドームの屋敷は随分と明るくなりました。たとえるならば、花の咲き誇る美しいモノクロの絵画に鮮やかな絵具に色を付けられ、命を吹き込まれたような」
「そ、それは言い過ぎではないでしょうか」
「とんでもありません。奥様はもっと、自信をお持ちになってください。私達使用人も含め、皆が心から祝福しているのですから」
 以前もクイネ先生に褒められて、恐縮に思ったことがある。パーティーでご友人に会った時もそうだったけれど、旦那様を想っている方達を騙しているようでいた堪れない。
「それになにより、若旦那様のご様子が以前とまったく違います。表情が穏やかになり、屋敷に帰ってくる時間も早くなって、毎日がとても楽しそうに見えます」
「……あはは、ありがとうございます」
 この場で自分を卑下してばかりいても、先生が困るだけ。言葉だけでも素直に受け取っておこうと、ぺこりと頭を下げる。それに社交辞令だと分かっていても、皆から祝福されていると言われて想像以上に嬉しくてたまらなかった。
「さぁ、大旦那様がお待ちですよ」
「は、はい!」
 そうだった、今は落ち込んだり喜んだりしている場合じゃない。旦那様の評価を落とさない為にも、いつも以上に気合を入れなくてはと、自分の頬をぱん!と両手で挟んだ。
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