白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「その乳母は私の後添いの妻におさまろうと、必要以上にオズベルトに取り入った。そしてそれが敵わないと知ると、次は必要以上にあの子に辛く当たるようになった。オズベルトは自ら乳母の証拠を完璧に集め私に提出し、そうなって初めてあの子が傷付いていたことを知った愚かな親だ。学生時代もオズベルトに取り入ろうとする令嬢が後を絶たず、いつしか女性に対し嫌悪感を露わにするようになった」
旦那様から、女性が苦手になったなんとなくの経緯は聞いていた。けれどそれは、私が想像していた以上に辛く哀しい過去で、彼がどんな思いで白い結婚の手紙を綴ったのかと思うと、胸が痛くてたまらない。
「意地と見栄でこの歳まで生きてきた自分を今さら恥じても、もう遅い。私にしてやれることは、出来るだけ多くの資産を残し静かに死ぬことくらいだ」
「そんなことをおっしゃらないでください!」
思わず立ち上がり、大旦那様の側に駆け寄る。私の行動に驚いたのか、紫黒の瞳を僅かに揺らす。旦那様と同じ、神秘的で美しい色。
「旦那様は私に、ブルーメルのいいところをたくさん話してくださいました。彼がどれだけこの地を大切に思っているのががとてもよく伝わってきて、私もすぐに大好きになりました。それは大旦那様の想いがちゃんと届いているからだと、私は思います。過去を変えることは出来ませんが、全てが悪い方向に働いていたわけではないと、旦那様を見ていたら分かります」
その時の辛い気持ちは、本人にしか理解出来ない。恵まれた環境でのほほんと生きてきた私を、お二人は受け入れてくれた。自身の経験を他人に押し付けず、人を妬まず、努力を惜しまず、過ちを後悔することが出来る。
それは決して簡単なことではないし、そんな彼らを私は心から尊敬する。
「フィリアは、まっすぐな心を持った素晴らしい女性なのだな」
「あ、あのそれは買い被りすぎです。年不相応で社交が苦手で、こんな大屋敷の女主人なんてとても務まらないような情けない人間で……」
「誰しも得手不得手はある。君が私達の欠けた部分を受け入れてくれたように、これからは家族として君を支えられたらと思う」
ああ、どうしよう。泣きたくないのに、涙が溢れそうになる。その理由は自分でも上手く説明出来なくて、無理矢理笑顔を作って必死に誤魔化した。
「私に話してくださってありがとうございます、大旦那様」
「勝手なことをしたと、あの子に叱られるだろうか」
「お優しい方ですから、そんな風には言わないと思います」
仏頂面も、困った顔も、恥ずかしそうな笑みも、温かな眼差しも。そのすべてが素敵で魅力的で、これから先彼を悲しませることが起こったら、私がそれを全力で跳ね返して遠い空の彼方に飛ばしたいと思ってしまう。
だけど同時に、ただの偶然で結婚しただけの私がいつまでも旦那様の隣にいて、本当に良いのだろうかという気持ちも日に日に膨らんでいくのだ。
女性が苦手な旦那様が私にだけそう感じないのは、ジャラライラの花の香りのおかげ。いつかもっと彼に相応しい人が現れた時、私が邪魔になることが辛い。
旦那様から、女性が苦手になったなんとなくの経緯は聞いていた。けれどそれは、私が想像していた以上に辛く哀しい過去で、彼がどんな思いで白い結婚の手紙を綴ったのかと思うと、胸が痛くてたまらない。
「意地と見栄でこの歳まで生きてきた自分を今さら恥じても、もう遅い。私にしてやれることは、出来るだけ多くの資産を残し静かに死ぬことくらいだ」
「そんなことをおっしゃらないでください!」
思わず立ち上がり、大旦那様の側に駆け寄る。私の行動に驚いたのか、紫黒の瞳を僅かに揺らす。旦那様と同じ、神秘的で美しい色。
「旦那様は私に、ブルーメルのいいところをたくさん話してくださいました。彼がどれだけこの地を大切に思っているのががとてもよく伝わってきて、私もすぐに大好きになりました。それは大旦那様の想いがちゃんと届いているからだと、私は思います。過去を変えることは出来ませんが、全てが悪い方向に働いていたわけではないと、旦那様を見ていたら分かります」
その時の辛い気持ちは、本人にしか理解出来ない。恵まれた環境でのほほんと生きてきた私を、お二人は受け入れてくれた。自身の経験を他人に押し付けず、人を妬まず、努力を惜しまず、過ちを後悔することが出来る。
それは決して簡単なことではないし、そんな彼らを私は心から尊敬する。
「フィリアは、まっすぐな心を持った素晴らしい女性なのだな」
「あ、あのそれは買い被りすぎです。年不相応で社交が苦手で、こんな大屋敷の女主人なんてとても務まらないような情けない人間で……」
「誰しも得手不得手はある。君が私達の欠けた部分を受け入れてくれたように、これからは家族として君を支えられたらと思う」
ああ、どうしよう。泣きたくないのに、涙が溢れそうになる。その理由は自分でも上手く説明出来なくて、無理矢理笑顔を作って必死に誤魔化した。
「私に話してくださってありがとうございます、大旦那様」
「勝手なことをしたと、あの子に叱られるだろうか」
「お優しい方ですから、そんな風には言わないと思います」
仏頂面も、困った顔も、恥ずかしそうな笑みも、温かな眼差しも。そのすべてが素敵で魅力的で、これから先彼を悲しませることが起こったら、私がそれを全力で跳ね返して遠い空の彼方に飛ばしたいと思ってしまう。
だけど同時に、ただの偶然で結婚しただけの私がいつまでも旦那様の隣にいて、本当に良いのだろうかという気持ちも日に日に膨らんでいくのだ。
女性が苦手な旦那様が私にだけそう感じないのは、ジャラライラの花の香りのおかげ。いつかもっと彼に相応しい人が現れた時、私が邪魔になることが辛い。