白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
 セシルバ様は見るからに社交界の人気者という感じで、確か独身だと聞いたから競争率が凄まじいだろうと容易に想像がつく。ただ旦那様と違って、波風立てずに躱わすのも上手そうだ。
「……今すぐに帰れ、歩いて帰れ、そのまま帰れ、とにかく帰れ」
「うわっ、ごめんって。ちょっとふざけただけだから、そんなに怒らないでよ」
「知らん帰れ」
 旦那様は不機嫌そうに喉を鳴らすと、ぐいっと私の腰元を引き寄せる。とっさのことで受け身が取れず、彼の胸元に飛び込むような形になってしまう。
「当然、フィリアとは接触禁止だ。俺の妻に色目を使うな」
「お、お客様にそんな言い方……っ」
「いや、テミアンは俺をからかう為ならなんでもする奇特な男だ。放っておくと、俺の妻に何をしでかすか分からない」
 猫を威嚇するライオンのように、歯を剥き出しにして唸っている。どうしたらこの場が丸く収まるだろうと考えた結果、私は意を決して彼の胸にこてっと頭を寄せた。
「お、落ち着いてください旦那様。久しぶりに会えたのですから、楽しく過ごしましょう」
「あ、ああ、すまない。つい腹が立って」
「とにかく一度、ゆっくりとされてください。お二人共長旅でお疲れでしょうから」
 必死のかわい子ぶりは、どうやら効いたらしい。旦那様はたちまちふにゃりと眉を下げ、さっきよりももっと優しい手つきで私の頭を撫でた。
「奥様のおっしゃる通りです。さぁどうぞ、こちらへ」
 執事長バルバさんが、恭しく右手を前に出し道を誘導する。私とすれ違う瞬間、セシルバ様ににこりと微笑みをもらったけれど、私は苦笑いでやり過ごすより他に良い案が思いつかなかった。

 どさくさに紛れて自室に逃げ帰った私は、ぽいぽいと靴を投げ散らかしてベッドにダイブする。それを拾いながら、マリッサが長い溜息を吐いた。
「しっかりなさってください。奥様は若旦那様の妻であり伴侶として神に誓った仲なのですから、ミセス・ヴァンドームとして相応の振る舞いを見せてこそ夫人の品格が現れるというもので」
「ちょっとそれ絶対わざと言ってるでしょう!全部同じような意味じゃない!マリッサの意地悪!」
「さすがにばれましたか」
 真顔でしれっとそう口にする彼女に、私はぷくっと頬を膨らませた。
「そんなに悩まずとも、さっさと打ち明けてしまえば良いのです。若旦那様が惑わされているのは、花香などではなくフィリア様自身なのだと」
「い、いやその言い方もどうなの。自意識過剰過ぎる」
 きっと旦那様は、刷り込みが強過ぎてそう感じているだけ。私が旦那様に誘惑されないことを特別だと思い込み、常に庭園に入り浸っているだけの私に「花の香りが移った」と勘違いしている。
 けれど、果たして本当のことを告げてもいいのかどうか。当時のバルバさんに悪気がなかったことは理解出来るけれど、旦那様がこの歳まできっちり信じているとは思っていないかもしれない。私が打ち明けたとして、それが大旦那様やバルバさんを一因になったらと思うと、なかなか勇気が出せない。
 だからといってこのままでは、彼の女性嫌いは一生治らないまま。女性からの好意を全て「花の香りに惑わされているだけの偽物」だと思い込んでいるなんて、やっぱり可哀想だ。
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