白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「大旦那様やバルバさんは、旦那様のことを本当に大切に思っていらっしゃいます。悪戯に嘘を吐いたわけではないと、どうかそれだけは分かってください」
「……ああ、心配しなくとも分かっている。僕も昔は今よりさらに女性への態度が酷く、精神的にも追い詰められていた。花香のせいで意思関係なく惹きつけられているだけだという気持ちは、僕を随分楽にしてくれた。あの二人の配慮も理解出来るし、このことで責め立てる気もない」
冷静な口調でそう言いながらも、表情は固まったまま。もっと他に上手い伝え方があっただろうにと、私は再び自己嫌悪に陥った。
「話しづらいことを打ち明けてくれてありがとう、フィリア」
「本当は昨日すぐにでもお伝えするべきでしたのに、勇気が持てなくて。すみませんでした」
「そうか、それでずっと様子がおかしかったんだな」
私を案じるような声色を聞いていると辛くて、さっきよりももっと激しく頭を振った。
「違うんです、それだけではないんです」
「白い結婚を撤回するのが、怖いと?」
「……はい」
こんなことを言うつもりはなかったのに、これでは結局旦那様を傷付けてしまう。いや、私が嫌われる方が先かもしれない。
「私は、異性を好きだと思ったことがありません。自由気ままに野原を駆け回って、虫や木と会話して、食べたいものを食べて。歳を重ねても中身は子どもで、結婚も両親に言われるがまま適当に決めただけで、夫婦になる覚悟なんてこれっぽっちも持っていなかった」
「フィリア……」
目の前に差し出されたままのハンカチを、私はどうしても受け取れない。涙は止まってくれないから、拭う両手がぐっしょりと濡れてしまった。
「白い結婚は願ってもない提案で、これで堂々と今まで通りに過ごしていけると、そんな甘い考えでした。ですがここにやって来て、旦那様や大旦那様や屋敷の皆さんが私にとても優しくしてくださるから、自分のことしか考えていないことが申し訳なくなってしまって」
「……そんな風に思っていたのか」
「ただ、悪者になりたくないだけなんです。私は甘ったれのお子様で、妻として旦那様を支える覚悟なんてなくて、いいとこ取りしようとしているだけの嫌なヤツです……!」
泣いたら、旦那様に気を遣わせてしまう。もう一度強く唇を噛んだ瞬間、彼の長くて存外無骨な指がそこをなぞった。
「こら、噛んではいけない。赤くなっている」
「ご、ごめんなさい……」
「とりあえず、どこか落ち着いて話せる場所へ行こう」
そう口にした瞬間、なぜか私の体がふわりと宙に浮く。旦那様に横抱きされていると気付いた頃には、既に庭園から出ていた。
「ああああ、あの!私歩けます!」
「いいから、このままで。泣き顔を見られたくないのなら、肩に顔を埋めて構わないから」
そんな配慮を忘れない旦那様は、正に紳士の鏡。なんて余計なことを考えている間にも、大勢いる使用人達の間を堂々と抜け三階へ続く階段を息も切らさず上がっていった。
「……ああ、心配しなくとも分かっている。僕も昔は今よりさらに女性への態度が酷く、精神的にも追い詰められていた。花香のせいで意思関係なく惹きつけられているだけだという気持ちは、僕を随分楽にしてくれた。あの二人の配慮も理解出来るし、このことで責め立てる気もない」
冷静な口調でそう言いながらも、表情は固まったまま。もっと他に上手い伝え方があっただろうにと、私は再び自己嫌悪に陥った。
「話しづらいことを打ち明けてくれてありがとう、フィリア」
「本当は昨日すぐにでもお伝えするべきでしたのに、勇気が持てなくて。すみませんでした」
「そうか、それでずっと様子がおかしかったんだな」
私を案じるような声色を聞いていると辛くて、さっきよりももっと激しく頭を振った。
「違うんです、それだけではないんです」
「白い結婚を撤回するのが、怖いと?」
「……はい」
こんなことを言うつもりはなかったのに、これでは結局旦那様を傷付けてしまう。いや、私が嫌われる方が先かもしれない。
「私は、異性を好きだと思ったことがありません。自由気ままに野原を駆け回って、虫や木と会話して、食べたいものを食べて。歳を重ねても中身は子どもで、結婚も両親に言われるがまま適当に決めただけで、夫婦になる覚悟なんてこれっぽっちも持っていなかった」
「フィリア……」
目の前に差し出されたままのハンカチを、私はどうしても受け取れない。涙は止まってくれないから、拭う両手がぐっしょりと濡れてしまった。
「白い結婚は願ってもない提案で、これで堂々と今まで通りに過ごしていけると、そんな甘い考えでした。ですがここにやって来て、旦那様や大旦那様や屋敷の皆さんが私にとても優しくしてくださるから、自分のことしか考えていないことが申し訳なくなってしまって」
「……そんな風に思っていたのか」
「ただ、悪者になりたくないだけなんです。私は甘ったれのお子様で、妻として旦那様を支える覚悟なんてなくて、いいとこ取りしようとしているだけの嫌なヤツです……!」
泣いたら、旦那様に気を遣わせてしまう。もう一度強く唇を噛んだ瞬間、彼の長くて存外無骨な指がそこをなぞった。
「こら、噛んではいけない。赤くなっている」
「ご、ごめんなさい……」
「とりあえず、どこか落ち着いて話せる場所へ行こう」
そう口にした瞬間、なぜか私の体がふわりと宙に浮く。旦那様に横抱きされていると気付いた頃には、既に庭園から出ていた。
「ああああ、あの!私歩けます!」
「いいから、このままで。泣き顔を見られたくないのなら、肩に顔を埋めて構わないから」
そんな配慮を忘れない旦那様は、正に紳士の鏡。なんて余計なことを考えている間にも、大勢いる使用人達の間を堂々と抜け三階へ続く階段を息も切らさず上がっていった。