白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
初めて入る旦那様の部屋は意外とごちゃごちゃしていて、心地良い香りに包まれていた。それはジャラライラの花香というよりも、彼自身が醸し出す香り。不思議と気分が落ち着いて、そうしたらひっくと一度だけしゃっくりが出た。
「今茶を淹れる」
「そんな!どうかお気を遣わず!」
辺境伯令息手ずからお茶を淹れてもらうなんて恐れ多過ぎて、今以上に唇が腫れてしまう。というより、部屋に茶器が置いてあるということは、普段から自分でお茶の用意をしているのだろうか。もしそうなら、私よりずっと淑女のお茶会に向いている。
彼は諦めたのか手を止めると、拳三個分の間隔を開けて私の隣に腰掛けた。
「あ、あの。花の香りのことは、本当にショックだっと思います。ですが先ほども申し上げた通り、大旦那様方に悪気は」
「その件については、もう気にしていない。だから君は何も心配しなくていい」
「あ……、そうなのですね……」
穏やかな表情を見ていると、なんだか肩の力が抜けてくる。そもそも私はどうして泣いていたんだっけ?と、そんな風にすら思ってしまうくらい、落ち着いた雰囲気が流れていた。
「フィリア」
「は、はい」
「すまなかった」
旦那様はそう口にすると、深々と頭を垂れる。驚いた私は、慌てて「止めてください!」と首を左右に振った。
「明るくて優しい君を、僕のせいで泣かせてしまった」
「そ、そんな!旦那様のせいなんかじゃ」
「君をよく知ろうともせず、僕の勝手な都合で一方的な契約を押し付けたくせに、今度は距離を縮めようとした。何もかも、順序が間違っていたんだ」
哀しげな横顔を見ていると、胸が苦しくなる。いつも気丈にぴしりと伸びた背中が、今は自信なさげに丸まっていて、それが旦那様に全然似合っていない。さらりと落ちた前髪が、彼の目元を覆い隠した。
「旦那様には事情がありましたし、受け入れると決めたのは私自身です。謝ってもらうことなんてありません」
「フィリアは優し過ぎる」
「自分で言うのもなんですが、ただお気楽なだけかと」
彼はふっと小さく笑って、ほんの少し私の方へ寄った。私達の距離は、今拳ふたつ分。
「本心を打ち明けると、花の話が嘘だと分かってほっとしているんだ」
「そうなのですか?」
「君に対して感じる気持ちはジャラライラのせいだと、ずっとそう言い訳していた。けれどいつの間にか、それが枷となって僕を苦しめた」
広い部屋に旦那様の静かな声色が流れ、旋律のような規則正しい時計の針が、かちこちと時を刻む。初めて訪れたこの部屋は、私を緊張させるのと同じくらい落ち着かせてくれる。
「今茶を淹れる」
「そんな!どうかお気を遣わず!」
辺境伯令息手ずからお茶を淹れてもらうなんて恐れ多過ぎて、今以上に唇が腫れてしまう。というより、部屋に茶器が置いてあるということは、普段から自分でお茶の用意をしているのだろうか。もしそうなら、私よりずっと淑女のお茶会に向いている。
彼は諦めたのか手を止めると、拳三個分の間隔を開けて私の隣に腰掛けた。
「あ、あの。花の香りのことは、本当にショックだっと思います。ですが先ほども申し上げた通り、大旦那様方に悪気は」
「その件については、もう気にしていない。だから君は何も心配しなくていい」
「あ……、そうなのですね……」
穏やかな表情を見ていると、なんだか肩の力が抜けてくる。そもそも私はどうして泣いていたんだっけ?と、そんな風にすら思ってしまうくらい、落ち着いた雰囲気が流れていた。
「フィリア」
「は、はい」
「すまなかった」
旦那様はそう口にすると、深々と頭を垂れる。驚いた私は、慌てて「止めてください!」と首を左右に振った。
「明るくて優しい君を、僕のせいで泣かせてしまった」
「そ、そんな!旦那様のせいなんかじゃ」
「君をよく知ろうともせず、僕の勝手な都合で一方的な契約を押し付けたくせに、今度は距離を縮めようとした。何もかも、順序が間違っていたんだ」
哀しげな横顔を見ていると、胸が苦しくなる。いつも気丈にぴしりと伸びた背中が、今は自信なさげに丸まっていて、それが旦那様に全然似合っていない。さらりと落ちた前髪が、彼の目元を覆い隠した。
「旦那様には事情がありましたし、受け入れると決めたのは私自身です。謝ってもらうことなんてありません」
「フィリアは優し過ぎる」
「自分で言うのもなんですが、ただお気楽なだけかと」
彼はふっと小さく笑って、ほんの少し私の方へ寄った。私達の距離は、今拳ふたつ分。
「本心を打ち明けると、花の話が嘘だと分かってほっとしているんだ」
「そうなのですか?」
「君に対して感じる気持ちはジャラライラのせいだと、ずっとそう言い訳していた。けれどいつの間にか、それが枷となって僕を苦しめた」
広い部屋に旦那様の静かな声色が流れ、旋律のような規則正しい時計の針が、かちこちと時を刻む。初めて訪れたこの部屋は、私を緊張させるのと同じくらい落ち着かせてくれる。