白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
「僕も、誰かを好きになったことなどない。同性との間に友情は感じても、愛情とは無縁の人生だと思っていた。だからフィリアを見ていると湧き上がるこの感情に、はっきりと名前をつける自信がなかった。誘花に惑わされているわけではないと確信を持てないことが、日に日に悔しく思えて、もしも他の誰かも僕と同じ目で君を見つめていたらと、自分勝手な独占欲ばかり膨らんでいった」
「旦那様……」
初めて彼の口から、感情論のような話を聞いた気がする。理性的で落ち着きがあって、意外と話し上手の聞き上手で。ブルーメルでの生活が楽しくてたまらないのは、毎日少しずつ旦那様と過ごす時間が増えていったことも大きかった。
それと同時に罪悪感も積み重なっていって、私らしからぬネガティブな思考が心にモヤをかけていく。美味しい食事も、なかなか喉を通らなかった。
いや、やっぱりそれは言い過ぎた。ご飯は変わらず美味しくてもりもり食べていた。
「すべてを花のせいにして逃げていたツケを、払わされているような気がしたよ。君を甘やかしたくて仕方がないのに、自分で撒いた罠に自ら嵌ってもがくなんて」
「あ、甘やかしたいって……」
さっきまでぼろぼろ泣いていたのに、今は顔が熱くて仕方ない。鉄板の上に水滴を落としても、それはたちまち消えてなくなる。今の私は、つまりそんな感じ。
旦那様はもう少しだけ、私の側に寄る。私達の距離はとうとう拳ひとつ分になってしまった。
彼が紡ぐ言葉の一文字ひともじが、心にゆっくりと浸透していくのが分かる。恥ずかしくてたまらないけれど、隣に座る旦那様も私以上に頬を赤色に染めているせいで、誠実な台詞が余計に真実味を帯びていて、茶化したり誤魔化したり出来ない。
今話してくれていることは全部本心なのだと、とっくに許容量を超えた脳みそでそんなことを考えた。
「今ここで、はっきり君を好きだと口に出来ない。初めての経験で自分自身も戸惑っているのに、裏付けの取れていない感情をフィリアに押し付けるのは嫌だ」
「う、裏付けって」
恋の裏付けの取り方を私は知らないけれど、世間一般ではほとんどの人がそれをしないということだけは分かる。きっと旦那様は今まで理性的に真面目に生きてきたから、感情論で動くのに慣れていないんだと思う。
そして私も自分の本能のままに生きすぎて、他人を想って焦れたり恋焦がれたりという現象に体が驚いている。というより、旦那様をそういう対象に見たことがないので、この気持ちが私の心のパズルの恋だとか愛だとかいう欠けた部分にぴったり当て嵌まるピースかどうか、本当に分からないのだ。
「私も、同じ気持ちです。旦那様を好意的に思っているけれど、まだ裏付けは取れていません」
「ははっ、面白い表現だ」
「旦那様の真似をしたんです」
「そうだったか。緊張して、今何を喋っているのかいまいち頭が回らない」
こんなに綺麗で宝石の生まれ変わりのような人が、まさか初恋もまだなんて。たとえるならまるで、肉汁滴る極上のステーキが誰にも食べられずにすっかり冷めてしまったみたいだ。
「ふふっ、私と同じで安心しました」
「……そうか、良かった」
「あ、私はいいとこ脂身が少なくて筋の多い硬めのステーキですけど」
それを聞いた旦那様は一瞬目を瞬かせて、すぐに柔らかく笑う。どうやら彼は、私がすぐに変な例えをすることに慣れてくれたらしい。
「硬い肉も、調理法次第では高級肉に負けずとも劣らない味に化けるものだ」
「へぇ、そうなんですか。さすが、ブルーメルの肉質改善の立役者ですね!」
「これについての話はおいおいするとして、話を元に戻してもいいだろうか」
「はい、もちろん」
こくりと頷いた瞬間、拳ひとつ分空いていた私達の距離が遂になくなった。私のドレスと彼のスラックスが間にあるのに、互いの体温が高過ぎて布を突き破っている。
触れた場所がとても熱いのに、なぜか離れようとは思わない。恋という単語は一旦隅に置いて、私が旦那様を好意的に見ているということは確かだ。
「旦那様……」
初めて彼の口から、感情論のような話を聞いた気がする。理性的で落ち着きがあって、意外と話し上手の聞き上手で。ブルーメルでの生活が楽しくてたまらないのは、毎日少しずつ旦那様と過ごす時間が増えていったことも大きかった。
それと同時に罪悪感も積み重なっていって、私らしからぬネガティブな思考が心にモヤをかけていく。美味しい食事も、なかなか喉を通らなかった。
いや、やっぱりそれは言い過ぎた。ご飯は変わらず美味しくてもりもり食べていた。
「すべてを花のせいにして逃げていたツケを、払わされているような気がしたよ。君を甘やかしたくて仕方がないのに、自分で撒いた罠に自ら嵌ってもがくなんて」
「あ、甘やかしたいって……」
さっきまでぼろぼろ泣いていたのに、今は顔が熱くて仕方ない。鉄板の上に水滴を落としても、それはたちまち消えてなくなる。今の私は、つまりそんな感じ。
旦那様はもう少しだけ、私の側に寄る。私達の距離はとうとう拳ひとつ分になってしまった。
彼が紡ぐ言葉の一文字ひともじが、心にゆっくりと浸透していくのが分かる。恥ずかしくてたまらないけれど、隣に座る旦那様も私以上に頬を赤色に染めているせいで、誠実な台詞が余計に真実味を帯びていて、茶化したり誤魔化したり出来ない。
今話してくれていることは全部本心なのだと、とっくに許容量を超えた脳みそでそんなことを考えた。
「今ここで、はっきり君を好きだと口に出来ない。初めての経験で自分自身も戸惑っているのに、裏付けの取れていない感情をフィリアに押し付けるのは嫌だ」
「う、裏付けって」
恋の裏付けの取り方を私は知らないけれど、世間一般ではほとんどの人がそれをしないということだけは分かる。きっと旦那様は今まで理性的に真面目に生きてきたから、感情論で動くのに慣れていないんだと思う。
そして私も自分の本能のままに生きすぎて、他人を想って焦れたり恋焦がれたりという現象に体が驚いている。というより、旦那様をそういう対象に見たことがないので、この気持ちが私の心のパズルの恋だとか愛だとかいう欠けた部分にぴったり当て嵌まるピースかどうか、本当に分からないのだ。
「私も、同じ気持ちです。旦那様を好意的に思っているけれど、まだ裏付けは取れていません」
「ははっ、面白い表現だ」
「旦那様の真似をしたんです」
「そうだったか。緊張して、今何を喋っているのかいまいち頭が回らない」
こんなに綺麗で宝石の生まれ変わりのような人が、まさか初恋もまだなんて。たとえるならまるで、肉汁滴る極上のステーキが誰にも食べられずにすっかり冷めてしまったみたいだ。
「ふふっ、私と同じで安心しました」
「……そうか、良かった」
「あ、私はいいとこ脂身が少なくて筋の多い硬めのステーキですけど」
それを聞いた旦那様は一瞬目を瞬かせて、すぐに柔らかく笑う。どうやら彼は、私がすぐに変な例えをすることに慣れてくれたらしい。
「硬い肉も、調理法次第では高級肉に負けずとも劣らない味に化けるものだ」
「へぇ、そうなんですか。さすが、ブルーメルの肉質改善の立役者ですね!」
「これについての話はおいおいするとして、話を元に戻してもいいだろうか」
「はい、もちろん」
こくりと頷いた瞬間、拳ひとつ分空いていた私達の距離が遂になくなった。私のドレスと彼のスラックスが間にあるのに、互いの体温が高過ぎて布を突き破っている。
触れた場所がとても熱いのに、なぜか離れようとは思わない。恋という単語は一旦隅に置いて、私が旦那様を好意的に見ているということは確かだ。