白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
 いつもより念入りにかつ可愛らしく寝支度をしてほしいと、恥を忍んでマリッサに頼んだ。彼女が至極真面目な顔で「ひゅーひゅー」なんて変な擬音で茶化してくるものだから、私はむくれながら「もう裸でいい」と意地を張った。
 なんかやんで、マリッサの手にかかれば髪はつやつや肌はぴかぴか、体中上品な香りの香に焚きしめられて、鏡に映る私はちゃんと女性に見えた。
 この半年、私と旦那様はたくさん言葉を交わした。好きなもの嫌いなもの、クセやこだわり、服や足のサイズに、昨晩見た夢の話。互いを知って、相手に知ってもらって、良い面も悪い面も共有しようと努力した。
 こうして旦那様と関わる毎日の中で気付いたのは、私は今まで色んな意味で自分中心だったのだということ。一度きりの人生を楽しく豊かに生きていたけれど、その世界の登場人物は私一人。他人を虐げたり貶めたりするほど誰かに興味もなくて、逆に幸せにしてあげたいと思うくらいの愛情もなかったかもしれない。家族もマリッサも大好き、けれどその感情とは違う種類の、もっと大きくてぐちゃぐちゃした何か。
 そういう気持ちを知った私がこれからどんな風になるのか、自分自身にもよく分からないから少し不安で怖くもある。異性を愛するという気持ちはきっと千差万別で、綺麗できらきらした面だけじゃない。
 現に今だって彼を凄く信用しているのに、私の行動や言動で幻滅されたらどうしようと、そわそわして落ち着かないのだから。
「フィリア様は、世界で一番魅力的な方です」
「マリッサ……?」
「私は、貴女にお仕えできて毎日が楽しくて仕方ありませんよ。フィリア様がお生まれになった十九年前から、ずっと」
 私の心情を察したのか、普段は辛辣な冗談ばかりの彼女から聞く初めての言葉。それが慰めでもなんでもなく本心だと思えるのは、マリッサを心から信用しているからだ。
「フィリア様なら、絶対に上手くいきます」
 後ろからぎゅっと抱き締められた私は、ふと幼い日の出来事を思い出した。彼女から『お嬢様』と呼ばれ、拗ねてクローゼットに立て篭もったことがあったな、と。それ以来マリッサは絶対に、私をお嬢様とは呼ばない。そのことで誰かに責められても、知らぬ存ぜぬで澄ました顔をするだけ。

――マリッサは私の家族なんだから、ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ嫌よ!
 
 今思えば、彼女の立場を無視した幼稚な我儘だったと思う。けれど、子どもの言うことだからと馬鹿にせず、私の願いを聞き入れくれたマリッサの気持ちが、私は本当に嬉しかったのだ。
「ありがとう、マリッサ。貴女からもらう言葉はいつも私に元気をくれるわ。悩んでいる暇があるなら、私らしくやるしかないってね!」
「そうです、その意気です。それでこそフィリア様」
 撫で撫でとぽんぽんの中間のように私の頭をわしわしと触って、彼女は体を離す。ふわりと微笑むその顔を見ると、本当になんでも上手くいくような気がした。

その後一人きりになった部屋で、私はひたすら扉の前をうろうろと往復している。扉というのはもちろん、あのおもしろ廊下に続く方を指している。
 頬を染めながらベッドに座ってしなだれているのも恥ずかしいし、かといってお茶とお菓子を貪り食べるのも違う気がする。今まで誰にどう見られるかなんて気にしたことがなかったけれど、旦那様には少しでもよく思われたい。
 その方法が思い浮かばなくて、瞳孔を開いたままひたすらに扉を見つめている今の私は、きっと正解とはほど遠い状態だろう。
「ああ、落ち着かない。叫んだら警備隊が飛んできそうだし……」
 やっぱり、ただ大人しく待っているだけなんて性に合わない。覚悟を決めた私は、初めて旦那様の部屋へと続く扉にそっと手を掛けた。
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