元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 それに気づいたアンジェリカは、目を見開いて驚いた。 
 ナタリア王国では、婚約の時や、結婚しても、指輪を贈る習慣はない。
 ただ、装飾品の一つとして、想い人にプレゼントすることはある。
 だからクラウスは、このタイミングにアンジェリカに贈ろうと、ずっと考えていたのだ。
 これがきっかけで、ナタリア王国では結婚の時、男性から女性に指輪を送る風習ができるのだが、それはまた別の話だ。
 クラウスはアンジェリカの方を向くと、彼女が左手に持っていたブーケを受け取り、祭壇に置いた。
 アンジェリカもクラウスに添えていた右手を下ろすと、両手を揃えて彼と向かい合う。
 クラウスは神父が手にしたリングピローの細いリボンを解くと、指輪を持ち上げた。
 プラチナのリングを埋め尽くすように散りばめられたダイヤモンド、その中央には、楕円形の大きな石が嵌められている。
 太陽の光を浴びて輝く、澄んだ海のよう。
 透明感溢れる水色の宝石に、アンジェリカは見覚えがあった。

「アンは僕の瞳を綺麗だと言ってくれた。まるでアクアマリンのようだと」

 幼い頃、アンジェリカが言ったことを、クラウスはすべて記憶している。
 だからいつまでも、ずっと一緒にいるという誓いを込めて、自身に見立てた宝石を選んだ。
 別名『人魚の涙』とも呼ばれる、この美しい石を。
 アンジェリカは驚きと感激のあまり、言葉が出てこなかった。
 そんなアンジェリカの左手を、クラウスはそっと持ち上げると、薬指にリングを収めてゆく。
 それが付け根まで来ると、アンジェリカは改めて指輪を見つめた。
 白銀のリングに、アクアマリンの石。
 クラウスを表現したような指輪に、アンジェリカは鼓動が高鳴り、目頭が熱くなった。
 なにより、自分を喜ばそうと、内緒で準備してくれたクラウスの優しさと、覚悟が嬉しかった。

「アンジェリカ、僕の妻になってくれてありがとう、生涯あなただけを愛すると誓います」

 蕩けるように微笑んで、クラウスは自分の言葉で愛の誓いを立てる。
 ――この瞳に映るのは、一生、私だけがいい。
 アクアマリンの瞳にいる自身を見て、アンジェリカはそんなことを考えた。

「……私も生涯、あなただけを愛すると誓うわ、大好きよ、クラウス」
 
 瞳を閉じて、唇が重なる。
 清廉な空気を纏う教会が、温かな拍手に包まれた。
 アクアマリンの石言葉は、聡明、勇気……そして、幸せな結婚。
 元使用人の公爵様は、アンジェリカにとって、唯一無二の王子様になった。




 ――END――
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