元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 彼は部屋に踏み込むと、一直線にアンジェリカに向かう。
 ドアに背を向けて座っていたアンジェリカは、気配が近づいてくるのを感じると、後ろを振り返った。
 すぐそばで視線が合った執事は、アンジェリカの前で足を止めて跪く。
 その様子にアンジェリカはギョッとし、他の者たちは首を傾げた。

「緩やかなウェーブの赤茶色の髪、トパーズのようなブラウンの瞳、優しげな顔つき……あなたが、アンジェリカ様でございますね?」

 低い位置から見上げてくる彼に、アンジェリカは戸惑い瞬きを繰り返す。

「……はい……そうですが……」
「お会いできて光栄です、さあ、参りましょう」

 そう言って手を差し伸べる彼に、アンジェリカは頭に疑問符を浮かべ首を捻る。
 そんなやり取りを少し離れた場所で見ていたミレイユは、待つことをやめて自ら進み出た。

「一体、どういうことですの? ブリオットの次期公爵は、私と結婚なさるのでしょう? お姉様を連れていく必要なんて――」

 ミレイユの台詞に、アンジェリカの前に跪いていた彼は、立ち上がって振り向いた。
 モノクルの縁と同じ、金色の瞳がミレイユを射抜く。

「なにか勘違いされているようですが――ブリオット公爵夫人になられるのは、姉のアンジェリカ様の方ですよ、妹のあなたではありません」

 彼の放った言葉により、祝福ムードは一変した。
 どよめく使用人たちに、青い顔を見合わせるユリウスとアマンダ。
 しかし一番ショックを受けているのはミレイユだ。あまりの衝撃に、茫然と立ち尽くしている。
 そして指名された当人であるアンジェリカは、頭がついていかず、目を見開いたまま固まっていた。

「なにかの間違いでは? 姉のアンジェリカは引きこもりがちで、社交界デビューすらしていない、見そめるような機会もなかったかと」
「いいえ、間違いありません、ブリオット次期公爵のおっしゃることは絶対です」

 金色の瞳の執事は、ユリウスの進言をキッパリと退けた。
 ブリオット次期公爵が、アンジェリカを欲しがっている。理由はわからないが、それが事実であるのは確かなようだ。
 その現実を受け止めたユリウスは、それならそれで利用しない手はないと考え始めた。
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