元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「そ、それならいいんだが……よかったな、お前が公爵夫人などと、夢のような話ではないか、お受けしなさい」
「そうね、気が変わられないうちに話を進めましょう、公爵家と縁ができるだなんて、私も鼻が高いわ」

 あっけに取られたアンジェリカに、ユリウスとアマンダは仕方なく声をかけた。
 しかし、アンジェリカはまだ返事をすることができない。
 一度にいろんなことが起きて、上手く口が開かなかった。

「ところでアンジェリカ様……その頬はいかがされたのですか? 白い肌が赤くなっております」

 執事の指摘に、ミレイユを始め、事情を知る者すべてがビクッとした。
 アンジェリカもみんなの反応に気づいたが、事を荒立てたくないと思い、誤魔化すことにした。

「あ……これは……ちょっと転んで、ぶつけたんです」
「さようでございますか、私はてっきり、この中の誰かに、ぶたれでもしたのかと……」

 彼はそう言いながら、ミレイユ、ユリウス、アマンダと順に、視線を滑らせた。
 青い顔で俯くユリウスとアマンダに、未だ棒立ちしたままのミレイユ。
 執事はモノクルの位置を指先で整えると、小さく微笑んだ。

「まあ、よいでしょう、このような暮らしもここまで……今後アンジェリカ様に危害が及ぶようなことがあれば、ブリオット次期公爵が黙ってはいませんので」

 優しい口調で脅した後、執事は姿勢を低くし、再びアンジェリカに右手を差し出した。

「さあ、参りましょう、アンジェリカ様……次期当主様がお待ちかねです」

 公爵家か娼館、どちらに行くべきか。そんなこと、考えるまでもないだろう。
 アンジェリカは困惑しながらも、右手をゆっくりと持ち上げ、差し出された手を取った。
 そして立ち上がると、執事にエスコートされ、出口に向かう。
 
「待たれよ、娘を嫁がせるのなら、我々も家族として挨拶をせねば」

 焦って声をかけたユリウスに、執事は一旦立ち止まると、顔だけを向けた。

「式の手配はこちらで行いますし、嫁入り道具もご用意させていただきますので、フランチェスカ伯爵にしていただくことは一切ございません。なにかありましたらこちらから連絡させていただきますので、どうぞ当家のことはお気になさらず……では」

 執事は淡々と述べると、アンジェリカとともに部屋を出ていった。
< 12 / 100 >

この作品をシェア

pagetop