元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 二人が立ち去った後、しんと静まり返る室内。
 使用人たちは気まずそうな顔をして、そそくさと部屋を後にする。
 そうして、ミレイユの部屋には、家族だけが残された。

「……なんなのよ、あれは……」

 ポツリ、ミレイユの口から微かな声が漏れた。
 彼女のそばに立ったユリウスは、腕を組んで渋い顔をする。
 
「なぜアンジェリカなのか、さっぱりわからん」
「そういえば昔、ブリオット公爵の紹介で、使用人を雇ったことがあったわね、友人の子供だとか……」

 ふと思い出したアマンダが言った。
 その友人の子供――と言われていた人物が、彼だとも知らずに。

「そんなこともあったな、くだらん慈善事業だと思ったが、あれほど金貨を積まれれば断る必要はあるまい」
「あなたが一番に手を上げたものだから、しばらくうちで面倒を見ていたわね、数年で迎えが来て出ていったけれど」
「……うるさいわね、そんな話どうでもいいでしょ!」

 過去の使用人の話をする両親に、カッとなったミレイユが大きな声を上げた。
 ひどく苛立った娘に、ユリウスとアマンダは顔を合わせて苦笑いをする。

「確か、ブリオット家の次期当主は、現公爵……サウロスの妾の子だと聞いたわ」
「身分の低い人間に情をかけるくらいなのだ、ブリオット公爵は相当な変わり者なのだろう、だから息子もおかしいのだ、アンジェリカを妻にするなど……」

 二人はプライドの高い次女を宥めるように言った。
 しかし、ミレイユの怒りがそんなことで収まるはずがない。
 エメラルド色の目を鋭くした彼女は、必死に頭を回転させて考える。
 どうにかして、姉を出し抜ける方法はないかと。

「……お父様、うんと豪華なドレスを用意して、お金はアズールに工面してもらうから」

 冴えない姉が公爵夫人で、美しい自分が男爵夫人なんて……そんなことは、あり得ない。
 ミレイユにとって、アンジェリカよりも格下になるのは、耐え難い屈辱だった。

「なにも公爵はブリオットだけではないもの、お姉様が式を挙げるより先に、私の方が幸せになってみせるわ……!」

 私より幸せになるなんて、絶対に許さないから――!
 ミレイユはアンジェリカへの憎しみに燃えていた。
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