元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

2、再会とプロポーズ

 アンジェリカはフランチェスカ家を出ると、門の前に停まっていた馬車に乗り込んだ。
 御伽の国に出てきそうな真っ白な馬が、パカパカと蹄を鳴らし道を進む。
 艶やかな黒塗りの車体に、アンジェリカは執事と向かい合い座っていた。
 思わず手を取って、家を出てきてしまったアンジェリカだが、今になって別の感情が湧いてきた。
 不特定多数の相手をする娼館よりも、公爵家に嫁ぐ方がいいに決まっている。
 素性も確かであり、待遇は天と地ほどの差があるだろう。
 しかし、会ったこともなければ顔も知らない、好きでもない男性のものになるわけだ。
 アンジェリカの望みが叶わないといった点では、娼館行きと同じだった。
 ――一度でいいから、恋がしてみたかった。
 十歳から幽閉生活を送っていたアンジェリカは、まさに少女がそのまま、大人になった女性だった。
 ――ブリオット家の次期公爵様……一体、どんなお方なのかしら。
 アンジェリカがいろいろ考えている間も、馬車は進み、やがて都市部へと入った。
 ふと、窓の外に目をやったアンジェリカは、その光景に心を奪われる。
 石畳みの広い道に背の高い街灯、その左右にはオレンジ色の煉瓦を積んだ建物が並んでいる。
 一階はどこもガラス張りになっていて、お店になっているようだ。
 洋菓子屋に、洋服屋、雑貨屋に、果物屋まで、さまざまな店が軒を連ねており、頻繁に客が出入りしている。
 二階や三階には洗濯物が干してあるので、住居だということがわかる。

「素敵な街でございましょう?」

 外の景色を覗き込むアンジェリカに、執事が微笑みながら話しかけた。
 ハッとしたアンジェリカは、窓から少し離れて姿勢を整えた。
 はしゃいでしまったのかバレただろうかと、アンジェリカは少し気まずくなった。

「……はい、とても活気があって」

 アンジェリカが街に出たのは、もう十年以上前のことだ。
 そこは他の貴族の領地であったが、もっと人が少なく、寂れた雰囲気だった。
 ただでさえ久しぶりの外出だというのに、こんなに栄えた街を見るのは初めてだったアンジェリカは、つい興奮してしまったのだ。
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