元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「やっと……やっと会えた……僕のアンジェリカ……!」

 突然抱きしめられたアンジェリカは、わけがわからず思考停止していた。
 その様子を見たフリードリッヒは「ゴホン!」とわざと大きく咳払いをする。
 それにハッとした銀髪の彼は、急いでアンジェリカを離した。

「失敬! 嬉しくて身体が勝手に動いてしまいました!」

 身体を離されると、停止していたアンジェリカの思考が徐々に動き出す。
 アンジェリカは目の前に立つ青年を、じっと見上げた。
 なぜだかわからないが、どこか懐かしい気がしたのだ。
 そんなアンジェリカを、彼も一心に見つめる。
 澄んだ水のような瞳……初めてじゃない、どこか遠い昔……見たことがあるような。

「……あなたは……どこかで、お会いしたことがございましたか……?」

 アンジェリカの問いかけに、青年は感激して微笑んだ。

「……ええ、決して初めましてではありません、僕ですよ、アンお嬢様」

 青年は胸に手をあてながら、正体を明かした。
 それを聞いたアンジェリカは、落っこちそうなほど目を見開き、息を止めた。

『アンお嬢様』

 アンジェリカをそんなふうに呼ぶのは、たった一人しかいなかった。
 かつてのアンジェリカを呼んだ彼と、今目の前にいる彼が重なる。
 こんな見事な銀髪と、美しい瞳をした人間は、彼だけだった。

「……も、もしかして……く……クラウス――?」
「はい、そのもしかしてです」
「――えっ、えっ、ええええっ!?」

 アンジェリカは驚愕のあまり、貴族らしからぬ叫び声を上げた。恐らく、今までの人生で最も大きな声だろう。
 しかし、クラウスはニコニコと機嫌よさそうに笑っている。

「……ほ、本当に、あの、クラウスなの? フランチェスカ家で使用人をしていた?」
「はい、そうです」
「ランタンの油を頻繁に変えて、紅茶をたくさん運んでくれた?」
「はい」
「私が好きそうな本をいっぱい持ってきてくれた?」
「はい、そのクラウスでございますよ、アンお嬢様」

 アンジェリカの質問攻めにも、丁寧かつ、ハキハキと答えるクラウス。
 確かに、言われてみれば、どことなく面影があると、アンジェリカは思った。
 声も大人っぽくはなったが、軸になる部分は変わっていない気がする。
 八年の時を越え、再会した二人は、互いの成長に心震わせていた。
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