元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「うーん、半分は正解で半分は違っています。あなたを助けようとしたのは本当ですが、結婚は口実ではありませんので」

 てっきり結婚はただの名目で、本当にするわけではないのだろうと思ったアンジェリカは、不思議そうに首を傾げた。
 なにもわかっていない様子のアンジェリカに、クラウスは手を伸ばす。
 そしてアンジェリカの顎をクイと持ち上げると、瞳を覗き込んだ。
 
「あなたは僕と結婚するのですよ、そしてここでともに暮らすのです、ずっと一緒にね」

 急に現実を突きつけられたアンジェリカは、またしても動きを止めることとなった。
 しかし、先ほどまでとは違う。
 相手がクラウスだとわかっているのだから。
 ――結婚……口実じゃなかったの? じゃあ本当にするのね、結婚……公爵様と……って、公爵様って、クラウスのことよね? じゃあ、じゃあ、私が結婚する相手って――。
 様々な思いに揺さぶされ、アンジェリカはだんだん目が回ってきた。
 そして、ついに思考回路がショートしたアンジェリカは、全身の力が抜けて気を失ってしまう。
 クラウスが素早く彼女を支えたため、床に倒れずに済んだ。
 
「あ、アンジェリカ!?」
「一度にいろんなことがありすぎて、お疲れなのでしょう、まずは静養された方がよいかと思います」

 フリードリッヒの言うことは最もだった。
 この数日間で、アンジェリカの置かれた状況は劇的に変化した。特に今日一日の変化は著しい。
 アンジェリカの頭がパンクするのも当然である。
 クラウスは自身の腕の中で、静かに目を閉じるアンジェリカを見つめた。

「……そうだな」

 小さく呟いたクラウスに、フリードリッヒが近づく。アンジェリカを運ぶ手伝いをするためだ。
 しかし、それに気づいたクラウスは、フリードリッヒを振り払うように、アンジェリカを抱きかかえた。
 所謂お姫様抱っこというやつだ。

「大丈夫だ、僕が運ぶ」

 まるで彼女は自分のものだと言いたげなクラウスに、フリードリッヒはやれやれといった様子を見せた。

「十年の片恋は根深いですね」
「余計なことを言わなくていい……それよりも……『例の件』は順調なんだろうな?」

 フリードリッヒはモノクルに触れると、妖しげな笑みを浮かべた。

「ええ、もちろんでございます、すべては次期公爵、クラウス様の思いのままに……」

 フリードリッヒの返事を聞くと、クラウスはアンジェリカ抱えて部屋を後にした。
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