元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「あなたの想像通りですよ」

 アンジェリカが言おうとしたことを察したクラウスは、自ら進んで話を始める。

「僕はあなたの前を去る時、心に誓ったのです、必ずあなたを迎えに来ると……そのためにはここに来る必要があった、あなたを救うためには、力が必要だったから」

 アンジェリカはクラウスの端正な顔をじっと見つめた。
 やはりそうだったのだと思いながらも、大きな疑問はいくつも残る。
 落ち着きを取り戻した今、アンジェリカは、クラウスに聞きたいことが山ほどあった。

「一体、どういうことなの? クラウスはうちで使用人として雇われていたわよね、それなのに、公爵家の長男、だったというの?」
「ええ、僕の父はサウロス・シモンズ・ブリオット……現公爵なのです。しかし母はサウロスの正式な妻、公爵夫人であるマリアンヌ・シモンズ・ブリオットではありません。僕を産んだのは、クラウディア・バートン……レストランのウェイトレスをしていた女性でした」
「もしや、レストランのウェイトレスと公爵様が恋に落ちたとでもいうの?」
「はい、その通りです。父のサウロスが外出時に見そめたそうで、それはもう夢中だったのです……僕は二歳辺りから記憶があるのですが、父は頻繁に母に会いに来ていました、僕ともよく遊んでくれましたし」

 クラウスから初めて語られる事実に、アンジェリカは耳を傾けながら、ほう……と驚いた。
 
「まあ……なんだか、作り話しのようなラブストーリーだわ」
「言われてみればそうかもしれません、今でもお好きなのですね、恋愛の物語が」

 クスッと微笑ましそうに笑うクラウスに、アンジェリカは少し恥ずかしくなった。
 身分違いの男女の恋は王道だ、しかし、今クラウスが話しているのは物語の話ではない。
 
「ですが、現実は本のように上手くいかなかった。父は本気で母と一緒になる気でしたが、なんせ身分が違いますから、周囲からの反対……などという可愛いものでは済みません。父がブリオットを捨てれば、今まで父が管理していた領地はどうなるのか、雇っている使用人を路頭に迷わせるわけにもいかず……父は公爵としての責任と、愛の狭間で揺れ動いていたようです。そして、迷っているうちに……母は亡くなってしまいました」

 少し寂しげなクラウスに、アンジェリカの胸が軋んだ。
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