元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「えっ……だ、だって、愛、してるだなんて……クラウス、わ、私のこと……そ、そういう意味で好き」
「そうですよ、触れて、愛して、独占したいという意味の好きです」

 アンジェリカの言葉に、被せ気味に断言するクラウス。
 あまりにストレートな表現に、アンジェリカは毛が逆立ちそうなほど驚いた。
 焦り散らかすアンジェリカに、クラウスは手を伸ばすと、彼女の顎を捕まえた。そして少しずつ顔を近づけてゆく。
 クラウスの目にはアンジェリカが、アンジェリカの目にはクラウスが……互いだけを一心に見つめ、唇が触れ合おうとした、その時――。

「キャーッ!」

 アンジェリカは自由になる方の手で、クラウスの顎を押しのけた。
 瞬間、グキッと音がした……ような気がした。

「あっ、ご、ごめんなひゃいっ! だって、あ、あのクラウスが、妖精のように小さくて、美少女のように愛らしかったクラウスが、こんな、こんな……」

 勢いでクラウスの手から逃れたアンジェリカは、真っ赤な顔をして胸の前で両手をブンブン振った。
 クラウスはアンジェリカにグキッとされた顎を、静かに自分の手で撫でていた。少し痛かったようだ。
 時の経過というのはすごい。
 アンジェリカより小さかった少年は、すっかり彼女の背を抜かして、立派な紳士に成長した。

「あれから八年経ちますからね、僕は十八、あなたは二十だ、もう十分立派な紳士と淑女です」

 その言葉に、アンジェリカは衝撃を受けた。
 自分の年齢を忘れていたのだから当然だ。
 地下室でずいぶん過ごしたとは思ったが、まさか大台に乗っていたとは……。
 女性は十代で嫁ぐのが珍しくないナタリア王国で、二十という数字がアンジェリカにのしかかった。

「わ…………私、もう、二十、なのね……」
「本当は爵位式を済ませ、正式に公爵になり、嫁入り道具もきっちり揃えてから、万全を期してお迎えに上がるつもりだったのですよ。しかし、フランチェスカ家が破綻したと聞いたのでね……これはあなたによからぬことが起こるのではと、急いだのです」

 アンジェリカになにかあってはいけないと、クラウスはフランチェスカ家について、常日頃からアンテナを張っていた。
 そのおかげでアンジェリカは、難を逃れたわけだ。
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