元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

3、ブリオット家の人々

 それからアンジェリカは、医者にかかることになった。
 長年、地下室という狭く、日の当たらない場所で生活していたため、身体を悪くしていないかと、クラウスが心配したためだ。
 アンジェリカは目覚めたベッドのある部屋で、ブリオット家の専属医師に診てもらった。
 幸いにも大きな問題はなく、日常生活を送れるということだった。
 ただ、痩せすぎているので、しっかり栄養を取ることと、いきなり過度な運動は禁物なので、少しずつ身体を慣らしていくようにと、指示があった。
 診察の間は脱衣するため、クラウスは一旦外に出ていたが、戻ってきて医者の話を聞くと胸を撫で下ろした。
 そしてベッドに座ると、アンジェリカの両手を取った。

「よかった、アンジェリカ……これからは栄養あるものをたくさん食べて、健やかな生活を送りましょう」
「ええ、ありがとう、クラウス」

 アンジェリカが感謝を伝えると、クラウスは嬉しそうに微笑んだ。

「しかし、とりあえずは……食事より先に、着替えが必要ですね」
「そうね……お風呂にも入らせてもらえたら嬉しいわ」
「もちろん、あなた専用の侍女を連れてきますから、ここで待っていてください……あ、そうそう、ここがあなたの部屋ですからね、自由に使ってください」

 ここが自分の部屋だと知ったアンジェリカは、改めて室内を見渡した。
 オフホワイトのドレッサーとチェストに、丸いテーブルと椅子が置いてある。
 絨毯やカーテン、寝具はワインレッドで統一され、華やかかつ上品な雰囲気に満ちた私室になっている。
 広さはアンジェリカがいた地下室の倍はありそうだ。
 初めて与えられた、自分だけの豪華な場所に、アンジェリカは嬉しくも恐縮した。

「こんないい部屋をいただいていいのかしら?」
「当然でしょう、あなたは僕の婚約者なのですから」

 そうか、今は婚約者の状態なのかと、アンジェリカは改めて立場を自覚する。

「あなたが最初に来られた部屋……書斎の隣が僕の部屋で、その隣がここです。僕の部屋の続きになっているので、楽に行き来できますよ」
「そうなのね、わかったわ」

 あっさりと頷くアンジェリカに対し、なにもわかっていないなと思うクラウス。
 クラウスの部屋と、アンジェリカの部屋は一枚のドアを挟んで繋がっている。
 廊下に出なくても、互いの部屋を行き来できるということだ。
 なぜそうなっているかというと、いつでも、特に夜に……寝所に行きやすくするためだ。
 つまり、夫婦のための特別仕様となった部屋。
 しかし、アンジェリカはそのことをまったくわかっていなかった。
 ――これからしっかりと意識してもらわねば……。
 クラウスはそう思いながら、一旦部屋を出て使用人を呼びに行った。
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