元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「そうですか、ではルカナは朝食の準備に取りかかりますので、一旦失礼いたします」

 ルカナはそう言って頭を下げると、廊下を歩き出す。
 そんな彼女に、アンジェリカは急いで声をかけた。

「あ……ルカナ、綺麗にしてくれてありがとう、またね」
「とんでもございませんっ!!」

 振り返ったルカナはアンジェリカに深々とお辞儀をすると、一階の食堂へと向かった。
 
「ルカナたちは私たちのことを知らないの?」

 クラウスと二人きりになったタイミングで、アンジェリカが問いかけた。
 するとクラウスは、小さく頷く。

「ええ、僕が使用人で働いていたことや、あなたを好きで連れてきたことを知っているのは、父と公爵夫人のマリアンヌ、その娘のジュリアンヌと、フリードリッヒだけです。なので、他の者たちは、よくある政略結婚だと思っています」
「そうなの……じゃあ私もあまり親しげにしない方がいいかしら」
「なにを言うんですか、もうじき夫婦になるんです、親しいに越したことはないでしょう」

 クラウスは内心焦りながら、アンジェリカの言葉を否定した。
 早くもっと近づきたいのに、距離を取られてはたまらないと思った。

「あなたはなにも気にせず、自分のことだけ考えて、のびのびと過ごしてください」

 クラウスはそう言うと、アンジェリカの手を取った。
 とりあえず、アンジェリカに対するクラウスの距離が近い。
 そして、隙さえあれば手を握ってくる。

「ところでその、他のご家族は? 私もご挨拶しないと」
「父は今、外交に出かけているので、一週間ほど戻りません。僕とブリオット夫人も、後で合流する予定です。義理の姉であるジュリアンヌは、別の公爵……シェラザード家に嫁いでいて、もうここにはいません、なので爵位式で顔合わせすることになるでしょう……なんせ急なことでしたから、皆の予定と合わせることが難しかったんですよ」

 フランチェスカ家が破綻したことにより、急いでアンジェリカを迎えることになった。
 そのため、準備も追いつかず、家族の挨拶も後回しになるのは仕方がなかった。

「そう……当然よね、皆様それぞれお忙しいんだもの、クラウスだってそうでしょう」
「時間は作るものです、僕の中では、あなたが最優先なので」

 クラウスはアンジェリカの片手を持ち上げると、手の甲に唇を落とした。
 その様の、なんと絵になることか。
 もしかしたらクラウスは、童話の中から出てきたのかしらなんて、アンジェリカのメルヘンチックな脳が言った。
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