元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「わざわざわたくしのご機嫌を取ることはないでしょう、わたくしはここには不要な人間なのですから、必要なのは……わたくしの血が流れていない後継だけ」
「で、ですがあのっ、私、仲良くなりたいのです!」

 マリアンヌが階段を下りようとし時、アンジェリカが身を乗り出すようにして訴えた。
 この言葉に、マリアンヌはピクリと反応を示し、クラウスは目を丸くしていた。

「あ、も、申し訳ありません、大きな声で……不束者ではありますが、早くブリオットに馴染めるよう努めますので、ど、どうぞよろしくお願いいたします」

 アンジェリカは両手を前に揃えると、マリアンヌの後ろ姿に深々と頭を下げた。
 マリアンヌは後ろを振り返らず、螺旋階段をゆっくりと下りてゆく。
 ――一族で爪弾きのわたくしと仲良くなりたいですって? おかしな令嬢が来たものね。
 そんなことを考えながら、マリアンヌは一足先に食堂へと向かった。

「驚きました、どうしたんですか急に?」

 クラウスは意外な行動を取ったアンジェリカに尋ねた。
 するとアンジェリカは、少し寂しげな表情で口を開く。

「私は自分の母とは、その……上手くいかなかったから……マリアンヌ様を、本当のお母様のようにお慕いできればと……ごめんなさい、自分勝手ね」

 アンジェリカはもしも自分が嫁ぐことがあれば、夫の母親とも親しくなりたいと思っていた。
 クラウスの産みの母はもういないため、マリアンヌしかいない。
 幼き頃から家族愛に飢えていたアンジェリカは、温かい家庭に憧れていた。

「そんなことはありませんよ、いい考えだと思います。彼女も、別に僕のことが憎いわけではないと思います。父が不在の間も、食事は毎回一緒に取っていますから」
「そうなの?」
「ええ、嫌なら私室や、時間をずらして取ることもできるのに、それをしないということは、顔も見たくない、とは思われていないかと」

 クラウスは顎に手をやり、思案する姿勢を取った。
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