元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 高いヒールで階段を上ると、アンジェリカは足を捻りそうになった。
 長い間、外出もしていなければ、ろくに歩行もしていない。
 そのせいで、足が鉛のように重く、思うように動かなかった。
 それでもアンジェリカは『家族』と言った。自分を閉じ込めた者たちを。
 長い階段が終わると、執事はアンジェリカを連れ、大広間に向かった。
 パーティーなどに使われる、広く豪華な空間には、立派な絨毯と革張りのソファーが置いてある。
 その前に立った三人は、足音に気づくと、一同に振り向いた。
 執事が横にはけると、アンジェリカが三人と対面する形になる。
 本来家族であるはずの四人だが、こうして揃って顔を合わせるのは、子供の頃以来だった。

「……お久しぶりね、アンジェリカお姉様」

 最初に話しかけたのは、手前に立っていたミレイユ・ドーリー。フランチェスカ伯爵家の次女であり、アンジェリカの二つ年下の妹である。
 流れるような黄金の髪と、エメラルドのような瞳を持つ美女は、ビリジアンのドレスを着ている。
 彼女はアンジェリカを眺めると、少ししてプッと吹き出した。

「こんなお顔をしていらしたかしら? ずいぶんお会いしていなかったから、忘れてしまいましたわ」
「相変わらず悪いところだけ取ったかのような見目をして……」

 クスクス笑うミレイユの後ろで怪訝な顔をするのは、アマンダ・ドーリー。フランチェスカ伯爵夫人である。
 金色の長い髪を後ろに纏めた、茶色い瞳の婦人は、イエローゴールドのドレスを着ている。
 
「大したものをやっていないのに、背が伸びて忌々しい奴め」

 そう言ったのは、アマンダの後ろ、一番奥に立っていた、ユリウス・ドーリー・フランチェスカ伯爵だ。
 白っぽい貴族服に身を包んだ彼は、赤茶色の短い髪に、エメラルドのような瞳をしている。
 アンジェリカの髪は父親、瞳は母親似。対するミレイユの髪は母親、瞳は父親似だった。
 アマンダは自身の金髪を気に入っているが、茶色の瞳を嫌っている。そしてユリウスは自身のエメラルドのような瞳を気に入っているが、赤茶色の髪は嫌っている。
 夫妻は自身の気に入った部分を受け継いだミレイユを、天使のように美しいと言い、溺愛していた。
 そして自身の嫌いな部分を受け継いだアンジェリカを、醜いと疎み、遠ざけていたのだ。
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