元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 二人が広々とした廊下を歩いていると、前方にメイドが二人立っているのが見える。
 メイドはアンジェリカとクラウスに気づくと、頭を下げて扉を開いた。
 金色の模様が施された、純白の豪華な扉。この中が食堂になっている。
 アンジェリカが入ると、すぐ正面に長方形のテーブルがあり、椅子が等間隔に並んでいる。
 真っ白なレースのテーブルクロスの上には、すでに食事が用意されていた。
 クラウスの後に続き、アンジェリカも足を進めると、左側に立派な食器棚と、キッチンがあるのがわかる。
 そしてその手前に、体格のいい男性が立っていた。

「初めまして、あなた様が次期公爵夫人のアンジェリカ様でおられますか」

 彼はアンジェリカを見るなりそう言った。
 金色の短髪に、深いブルーの瞳。歳は三十くらいだろうか、強面の男性は、白いコック服を着ていた。

「はい、そうですわ、初めまして、アンジェリカ・ドーリー・フランチェスカでございます。どうぞよろしくお願いいたします」

 華やかなドレスの裾を持ち上げ、アンジェリカは美しいお辞儀をする。
 それを見た男性は、ややっと驚いた後、急いでアンジェリカよりも深く礼をした。

「これはこれは、なんとご丁寧な貴婦人であらせられるか、私は料理人(シェフ)のガルシア・シュタットブルクと申します」

 シェフとは、食材の管理からメニュー作成、下級料理人であるコックたちの取りまとめをしている、キッチンの支配人だ。
 それを知ったアンジェリカは、目を輝かせて彼を見た。

「まぁ、ではあなたが、ブリオット家の食卓を任されているのね」
「その通りでございます、朝食のご準備ができておりますので、どうぞお席へ」

 ガルシアは誇らしげに頷くと、手のひらでテーブルを指し示した。
 クラウスとともに歩き出したアンジェリカは、ふとテーブル席に座った人物が目に入った。
 先に来ていたマリアンヌは、長いテーブルの一番端に座っている。両端に一脚ずつある椅子は、ブリオット家の当主とその妻だけに与えられた特別な席だ。
 どこに座ればいいのかと、テーブルを見回すアンジェリカ。
 そんな彼女をリードするように、クラウスは颯爽と席に移動する。
 そしてマリアンヌの左側、テーブルの真ん中にある一脚の椅子を引いた。
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