元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「どうぞ、アンジェリカ、あなたの席はここです」

 スマートに案内してくれるクラウスに、アンジェリカはホッとして席に着いた。
 すると、クラウスはアンジェリカの隣に着席する。
 こういう場合は、普通、前に座るものではないかと疑問を持つアンジェリカ。
 
「クラウス、なんだか近いんじゃないかしら?」
「いいんですよ、もうじき我々が夫妻席に移るのですから、そうすればこんなに近くでは食べられません」
 
 クラウスが正式に公爵家の当主となれば、クラウスはサウロスの、アンジェリカはマリアンヌの席に移動することになる。
 そうすると両方の端っこに座るので、テーブルの長さ分だけ距離ができるのだ。だからクラウスは、今のうちにアンジェリカのそばで食事を楽しみたいと思っていた。
 アンジェリカはそんなものかと思いながら、テーブルの上の料理に目を移す。
 中央のバスケットには、様々な形状のパンが入っていて、小さく切り分けられたものが、各自の皿にのっている。
 新鮮なフルーツに、ハムやチーズ、カボチャのスープ。紅茶も用意されていて、いい匂いが部屋中に漂っていた。
 アンジェリカはまずは銀のスプーンで、スープを一口飲んだ。

「ん……!」
「美味しいですか?」
「ええ、とっても」

 口元に手をあて、好反応を示すアンジェリカに、クラウスも思わず笑顔になる。

「それはようございました、おかわりもございますので、たんとお召し上がりください」

 いつの間にか、クラウスの傍らに立っていたフリードリッヒが言った。

「クラウス様がアンジェリカ様のために、いつもより多く作るようにと、シェフたちに伝えていましたからねっ」

 続けてそう言ったのは、アンジェリカのそばに立ったルカナ。
 気づけば近くにいた二人は、なにかあった時いつでも対応できるよう待機している。
 わざわざ自分のために、量や品数を増やしてくれたと思うと、アンジェリカは申し訳ないような気持ちになった。

「わざわざそんな……大変だったんじゃ……」
「あなたは細すぎるので、もう少し肉をつけていただかないと、折れてしまいそうですよ」
「そんな、言いすぎよ……でも、こんなに美味しい料理を毎日食べていたら、あっという間に太ってしまいそうね」

 気を使いながらも、ふふっと微笑むアンジェリカに、クラウスは心が温かくなる。
 そしてそれは、フリードリッヒやルカナも同じだった。
 しかしマリアンヌだけは、この和やかな雰囲気の外側にいた。
 彼女はフォークとナイフを置くと、早々に席を立つ。
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