元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「マリアンヌ様、お食事はもうよろしいのですか?」
「ええ、もうけっこうよ、なんだか胃がつかえて、これ以上食べる気にならないわ……失礼」

 声をかけたフリードリッヒに答えると、マリアンヌは眉間に皺を寄せながら食堂を去っていった。
 目も合わせてくれなかったマリアンヌに、アンジェリカは青い顔をする。

「もしかして、私と一緒に食べるのがお嫌だったのかしら……」
「違うと思いますよ、彼女は最近ずっとあんな感じで、あまり食欲がないようです」
「そう……それはそれで心配ね」

 クラウスにフォローされた後、アンジェリカはマリアンヌが座っていた場所を見た。 
 パンは半分も食べていないし、ハムやチーズなどはほとんど残っている。唯一、スープの丸皿だけは空っぽになっていた。
 こんなに美味しい料理を食べないなんて、きっと味のせいじゃない。だとしたら、なにか他に理由があるのかしらとアンジェリカは考えた。

「気にすることはありませんよ、精神面が影響しているのかもしれません」
「そう……そうよね」

 アンジェリカは一旦マリアンヌのことは置いて、とりあえず目の前の食事に集中することにした。
 フォークやナイフの使い方から、食べ方と姿勢まで、アンジェリカはとても美しかった。
 伯爵家に産まれた彼女は、幼い頃からマナーの教育を受けている。
 子供の頃に覚えたことは、そうそう忘れるものではない。
 だからアンジェリカは、今でもごく自然に、正しく洗練された所作ができるのだ。
 とても長年、地下生活を送っていたようには見えない、アンジェリカの姿は貴婦人そのものだった。
 アンジェリカは前もって用意されていた、自分の食事を綺麗に食べると、バスケットに入ったパンのおかわりもした。
 一通り食べ終えたアンジェリカは、ふと周りから注がれている視線に気づいた。
 クラウスを始め、その場にいる使用人全員が、ニコニコしながらアンジェリカを見ていた。
 アンジェリカは久しぶりの温かで美味しい食事に、つい夢中になってしまった自分が、少し恥ずかしくなった。
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