元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「……私だけたくさん食べてしまって、なんだか申し訳ないわ」
「なにを言うんです、食べてくれた方がいいですよ、その方がシェフも作り甲斐があります、ねぇ、ガルシア」
「そりゃあ、もちろんでございます!」

 クラウスに名を呼ばれたガルシアは、洗い物を終えて、キッチンから出てきた。

「アンジェリカ様、なにか好き嫌いがございましたら、遠慮なくお伝えください」
「ありがとう、ガルシア、でもなにも好き嫌いなんてないわ、こんな美味しい料理をいただけるだけで幸せだもの」

 それを聞いたガルシアは、眩しい光に圧倒されるかのようによろめいた。その瞳は乙女のようにキラキラ輝いている。

「ふわっ、な、なんとよいお方なのでしょうか……このガルシア、今後もアンジェリカ様の舌を唸らせる美食を作ってまいりますぞ!」
「まぁ、頼もしいわ、ありがとう」

 ドンッと逞しい胸を打って宣言するガルシアに、感謝の笑顔を向けるアンジェリカ。
 その様子を見たクラウスは、やや眉間に皺を寄せた。
 アンジェリカが自分以外の男を頼るような発言をしたので、ついヤキモチを妬いてしまったのだ。
 そんなクラウスの心の乱れに、フリードリッヒはすぐに気づく。

「クラウス様、お気持ちはわかりますが、そろそろお時間でございます」

 フリードリッヒは姿勢を低くすると、クラウスを宥めるように言った。
 するとクラウスは、急いで眉間の皺を伸ばすと、いつも通りの表情で席を立つ。
 そんな彼を、アンジェリカは不思議そうに見上げた。

「クラウス、どこかに出かけるの?」
「領地の見回りをしてきます、その後は子爵に会食に誘われているので、今日は夜まで戻りません」
「そうなのね、わかったわ、気をつけて」

 あっさり了承するアンジェリカに、クラウスは少し寂しくなる。と同時に、自身の未熟さを感じた。

「なにか困ったことがあれば、フリードリッヒに言ってください、女性にしかわからないことはルカナに」
「大丈夫よ、私のことは心配しないで」

 強がりではなく、本当に平気そうなアンジェリカに、もう少し自分を意識してほしくなったクラウスは、屈んで彼女にキスをした。
 唇ではなく、額に軽く触れるだけのやつだ。
 それでも、アンジェリカには効果絶大だった。
 急に赤くなって固まるアンジェリカに、クラウスは満足げに笑った。

「……行ってきます、また帰宅したら話しましょう」
「……い、行ってらっしゃいませ」

 アンジェリカが見送りの言葉を口にすると、フリードリッヒが後方に下がって道を開ける。
 するとクラウスは身体の向きを変え、颯爽と食堂を出ていった。
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