元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「そう……すごいわね、クラウスは……」

 クラウスはもちろんのこと、使用人たちもすごい、とアンジェリカは思った。
 ブリオット家は仕事環境を整えているので、交代で休みも取れるし、使用人としてはかなり待遇がいい。
 それでもみんな住み込みで、朝から晩まで働いているのだ。
 それに引き換え、自分はどうだろう。みんなのように上手くはできなくても、なにか役に立つ方法はないかと、アンジェリカは考えた。
 そしてふと、あることを思いつく。
 
「そうだわ、私……料理をしちゃダメかしら?」
 
 アンジェリカ的には名案だったのだが、それを聞いた使用人たちは固まっていた。
 特にフリードリッヒは内心穏やかではなかった。見た目は余裕ある紳士のままだが。

「……アンジェリカ様、今なんと?」
「えぇと、ですから料理を」
「いけません」

 フリードリッヒは即座にアンジェリカの案を却下した。

「そんなことをしてアンジェリカ様にもしものことがあったら、アンジェリカ様を任されている私を始め、料理作りに関わった使用人すべての首が飛ぶかもしれません」
「く、首――!?」

 物騒な文言に、青い顔をするアンジェリカ。
 そんな様子を見ていたルカナとガルシアが、まあまあと仲介に入る。

「バトラー、いくらなんでもそれは言いすぎでは」
「そうですよぉ、そんな脅しみたいなことを言ったら、アンジェリカ様が怖がってしまいます!」
「言いすぎでもなければ脅しでもありません、私は事実を述べているだけです」

 モノクルの奥に光る穏やかな目つきが、鋭く吊り上がり、ルカナとガルシアを見据える。
 その迫力に、二人は一瞬蛇に睨まれたカエルのようになってしまった。
 見た目は断然、ガルシアの方が強そうなのに、さすが使用人最高位のバトラーである。
 しかし、彼もやりたくてやっているわけではない。
 クラウスから、アンジェリカに危険なことは絶対させるなと命じられているのだ。
 フリードリッヒは他の使用人と違って、クラウスのアンジェリカへの想いの長さも深さも知っている。

『僕には好きな女性がいる。だから僕は、必ず立派な公爵になって彼女を迎えに行くんだ』

 ここに来たばかりのクラウスが、フリードリッヒに言ったことだ。
 十歳とは思えない意思の強い目を、フリードリッヒは今でも鮮明に覚えている。
 だからこそ、料理は賛同できなかった。
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