元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「アンジェリカ様はもう少し、クラウス様に愛されている自覚を持たれた方がよろしいかと」

 フリードリッヒの言葉は、アンジェリカに重くのしかかった。
 愛される自覚……肉親に冷遇されてきたアンジェリカには、そもそも愛というものがわからない。
 ならばこのまま、クラウスの代弁者である、フリードリッヒに従うべきか。
 一瞬、そんな考えが浮かんだアンジェリカに、ふとクラウスの笑顔がよぎる。
 そして思い直す。クラウスは心配性なだけで、私の自由を奪いたいわけではないだろうと。
 なにを隠そう、アンジェリカに地下室から出る翼を授けたのは、彼なのだから。

「……私がクラウスに愛されているのだとしたら、それを受け取るだけではなく、なにかお返ししたいの。昔から料理に興味があったけれど、実家ではやらせてもらえなかった。だから、なんの教養もなくて本当に恥ずかしいし、今からでもできることを少しでもしたいわ」

 アンジェリカはフリードリッヒを通して、クラウスに語りかけるように言った。
 フリードリッヒはアンジェリカの境遇も、クラウスから聞かされている。
 だから伯爵令嬢らしからぬ発言と遠慮深さは、生い立ちも関係しているのかと思った。

「バ、バトラーぁぁ……アンジェリカ様がここまで言われてるんです、なんとかなりませんかぁ」
「私もルカナと同意見ですぞ、高貴な身でありながら、なんとご立派なお考えではありませんか!」

 ルカナとガルシアは、さらに力を込めて訴えるが、フリードリッヒもそう易々とは譲らない。
 
「家事は他にもございますので、なにも一番危ない料理を選ぶことはないでしょう、花の水やりでもなさってください」
「それではあっという間に終わってしまうわ」
「退屈なら街に出てお買い物でもいたしましょう、宝石商を呼んでもいいですし。アンジェリカ様が快適に過ごすためなら、金に糸目はつけないとクラウス様から承っておりますので」
「新しいドレスも宝石も不要よ、この屋敷にあるだけで十分だもの、第一それじゃあちっともお返しにならないわ」

 フリードリッヒが話をすり替えようとしたが、アンジェリカは引っかからない。
 そもそも散財するような知性に欠ける女性なら、クラウスは愛したりしないだろう。
 平行線を辿る二人に、ついにルカナとガルシアが、フリードリッヒに飛びついた。
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