元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「お願いいたしますっ、バトラーからどうか、クラウス様に交渉をっ」
「私からもお願いいたします、このガルシア、アンジェリカ様にお怪我がないよう、細心の注意を払ってお教えいたしますので!」
「おやおや、なにを騒いでるんだい?」

 そこで登場したのは、ルカナの母親……スチュワードのヴァネッサだ。
 そろそろ朝食が終わる時間なので、食堂の清掃をしようとやって来た。
 ヴァネッサに気づいたフリードリッヒは、僅かに困った顔を彼女に向けた。

「スチュワード……実はアンジェリカ様が、料理をしたいとおっしゃって……」
「あらまあ、なんてこと、奥様と同じようなことを言われたのね!」

 ヴァネッサはどこか嬉しそうな声を上げて、アンジェリカたちに近づいた。
 止める気配のないヴァネッサに、フリードリッヒは嫌な予感がした。

「奥様……って、マリアンヌ様のことですよね?」
「ええ、彼女はここに嫁いできた時、家事をしたいって言い出したのよ。マリアンヌ様は伯爵家の令嬢でしたが、実家では自由にさせてもらえなかったので、結婚したら自分でなにかしたいと考えておいでだったの」

 生まれた時からここに住んでいるヴァネッサは、フリードリッヒよりも使用人歴が長い。
 フリードリッヒがこの屋敷の執事になったのは、二十五年前なので、現在四十八歳のマリアンヌが来た当時のことは知らなかった。

「マリアンヌ様も……それで、どうなさったの?」
「彼女の場合は旦那様が特に禁止をされなかったので、好きにしていました。使用人からいろんな家事を学んで、裁縫が得意だとわかりましてね、それからはたくさんの衣類を作っておいでだった。衣装部屋にあるドレスも、彼女が仕立てたものがたくさんあるんですよ」

 アンジェリカは衣装部屋に並んだドレスを思い出していた。
 あんなに素敵な洋服を作ることができるなんて……!
 アンジェリカは感嘆し、そして共感していた。
 伯爵である実家では自由にさせてもらえなかったことや、自分もなにかやりたいと思うところ。
 アンジェリカとマリアンヌには、共通点が多かった。
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