元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「そうだったの……ドレスを仕立てるなんてすごいわ、よほどお上手なのね」
「ご興味がおありでしたら、マリアンヌ様が作られたドレスをご紹介いたしますよ!」
「そうね、ぜひ見てみたいわ」

 ルカナの提案に、アンジェリカは喜んで頷いた。

「……だけど、それも昔の話ね、彼女が裁縫をしているところを、もうずいぶん見ていませんから」

 ヴァネッサは頬に手をあて、ため息混じりに言った。
 その暗い表情が、マリアンヌの過去を物語っている。

「……やめて、しまわれたの?」
「ええ……お世継ぎの問題が大きくなるにつれて、彼女はどんどんと気力を失ってゆきましたから。なかなか子に恵まれず、ようやくできたのが女児だったため、一族からも相当冷たくされたようです。若かりし頃の彼女は精神を病み、旦那様に強くあたるようになりました。旦那様が外に癒しを求めても、仕方がないと思ってしまえるほどに……」

 当時を振り返りながら話すヴァネッサは、まるで旧友を思うかのようだった。
 
「ヴァネッサはマリアンヌ様について、ずいぶん詳しいのね」
「あたくしはマリアンヌ様の侍女でございましたので、彼女が十八で嫁いできた時から、スチュワードになるまで、ずっとそばでお仕えしておりました。たまたま歳が同じだったこともあり、友人のように接してくださったのですよ」

 笑って答えるヴァネッサに、アンジェリカはなるほどと納得した。
 嫁ぎ先で初めてついた同い年の侍女。
 まるでアンジェリカとルカナのようだ。
 ルカナに親近感を覚えたアンジェリカは、ヴァネッサと親しくなったマリアンヌの気持ちがよくわかった。
 アンジェリカの相手は昔馴染みのクラウスだったが、マリアンヌはよく知らない相手との結婚だったため、さらに不安が大きかっただろう。
 そんな時、いつもそばにいてくれる同い年の同性がいれば、心細さも紛れるというものだ。
 ヴァネッサは屋敷に来たばかりの、若かりしマリアンヌを思い出していた。
 精力的に裁縫をしていた、エネルギッシュな美しさに溢れていた彼女を。
 だからヴァネッサは、アンジェリカの言葉が嬉しく、かつてのマリアンヌと重ねさえした。
< 49 / 100 >

この作品をシェア

pagetop