元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 アンジェリカは三人の反応を、黙って見ていることしかできなかった。
 本当は挨拶しようと思っていたが、とても自由な発言を許される雰囲気ではなかったからだ。
 上の階に誘ってくれたのだから、もしかしたら今までのことを謝って、家族仲良く暮らそうとか、そういう展開もあるのではないかと、アンジェリカは淡い期待を抱いていた。
 しかし、いざ会ってみると、そんな好意的な雰囲気は一切感じられなかった。
 苦々しい顔つきのアマンダとユリウスに、妙ににこやかなミレイユ。
 和解でないのなら、一体なんのために呼ばれたのだろう。
 アンジェリカは困惑して、身体を固くしていた。
 グレーのネグリジェに、金色のハイヒール姿という、珍妙な格好のアンジェリカ。
 しかし、そこに触れる者は誰もいない。
 アンジェリカの装いに興味がないというのもあるが、今はそんなことよりも大事なことがある。
 アンジェリカが『女』であるということ、それだけでよかったのだ。

「よかったですわね、アンジェリカお姉様」
「……?」
「地下室とはおさらば、これからは地上で暮らすんですわよ」

 ミレイユはニッコリ微笑むと、首を傾げるアンジェリカに言った。
 アンジェリカは少しキョトンしていたが、次第に目の前が明るくなるのを感じた。
 地下室とおさらば。
 これからは地上で暮らす。
 ミレイユの言葉を思い返したアンジェリカは、徐々に破顔し、瞳に光を取り戻しかけた。
 やっぱり、和解のために呼ばれたんだ。
 これからはみんな一緒に、仲良く暮らせる。
 アンジェリカは本当にそんな明日を夢見たのだ。
 次のミレイユの言葉を聞くまでは。
 
「実は、家が破綻したの」

 アンジェリカの希望にふっと暗い影が落ちた。

「ねぇ、お父様?」
「ああ、いつの間にか支出が収入を上回っていたのだ、これ以上農民から税を取っても、大した足しにはならんし、どうしようもない」
「なんてこと、私たちはただ静かに暮らしているだけですのに、収入が少なすぎたのですわ」
「その通りだミレイユ、我々はただ、貴族に相応しい生活をしていただけだというのに」

 困惑するアンジェリカをよそに、どんどん話を進めていくミレイユとユリウス。
 貴族の財源は、王から与えられた土地で収穫されたもの、農民からの税に、絹や綿などの素材品。加えて、位に添った金貨も給付される。
 平民とは天と地ほどの違いがあり、決して収入が低いわけではない。
 それでも破綻したのは、金遣いが荒いということだ。
 主のユリウスはプライドが高く見栄っ張りで、ろくに領地の経営もせず社交三昧。
 アマンダとミレイユは毎日のように宝石商を呼んだり、街に買い物に出たり、高価なドレスや宝飾品を買い漁っていた。
 特にミレイユは一度着た服は二度と着ないと言い、新品同様のドレスを捨てる。
 だからアンジェリカのところに回ってきた衣類は、ミレイユの廃棄品とはいえ、とても綺麗な状態だった。
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