元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「そんな彼女が、あのように塞ぎ込んだまま年老いてゆくのは、少し寂しさを感じます……」

 ヴァネッサは呟くように言うと、フリードリッヒに向き直った。

「アンジェリカ様がお料理をされたら、奥様にとってもよい刺激になるかもしれません、バトラー、いかがでしょうか、あたくしもできる限りサポートいたしますので」

 ニッコリと微笑みながら進言するヴァネッサに、フリードリッヒは頭痛のする思いがした。
 フリードリッヒの方が位は高いが、一流のスチュワードであるヴァネッサを無下にはできない。
 メイドを上手く取り仕切ってくれなければ、屋敷が回らなくなってしまうからだ。
 シェフであるガルシアにも同じようなことが言えるが、屋敷勤めの長いヴァネッサの方が、使用人と親しく言葉に力がある。
 なにより母でもある女性の管理者は、貫禄がすごかった。
 ――次期当主様……力及ばず申し訳ありません。
 心の中でクラウスに謝罪しながら、フリードリッヒは深いため息をついた。

「……わかりました」
「えっ!?」
「私だけで判断できることではありませんので、クラウス様に聞いてみることにしましょう」

 自分だけで事を収めることができなかったため、フリードリッヒは一旦アンジェリカの希望を引き取ることにした。
 が、ここでまたヴァネッサが口を挟む。

「いや、坊ちゃんに聞く必要はありませんよ、ここは一つ、あたくしにお任せくださいな、こういう時は女同士でないと……アンジェリカ様、ちょっと耳をお貸しください」

 ヴァネッサに誘われるがまま、耳を貸すアンジェリカ。
 ヴァネッサはふくよかな身体を寄せ、少し背を屈めてアンジェリカにヒソヒソ話をする。
 その内容に、アンジェリカは頷きながら、困ったように頬を染めた。

「ちょ、ちょっと、マ……スチュワード、ずるいですよっ、ルカナも聞きたいです!」
「仕方ないねぇ、だからあれをこうして……」
「ふんふん、な、なるほどぉぉ……!」

 ルカナも参加し、寄せ集まった女三人の秘密の会議が行われる。
 それを遠巻きに眺めるフリードリッヒとガルシア。
 女子の内緒話に入れない男子は、すっかり蚊帳の外である。
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